すみだ句会(すみだ産業会館)
兼題「恵」
印象句
町中の蜻蛉は群れず汀女の忌 岡崎由美子
伐採の庭木に御神酒風は秋 福岡 弘子
【一口鑑賞】中村汀女(明治33年4月11日〜昭和63年9月20日)は昭和を代表する女流俳人。ホトトギスで活躍し、主婦層への俳句の普及に尽力するとともに、俳誌『風花』を主宰した。<とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな>は汀女の句で牧歌的。これに対し由美子さんの句は、現代の町中に現れた蜻蛉の姿を的確にとらえている。福岡さんの句。住み慣れた家を建て替えるため、樹齢60年の桜を伐採したという。感謝の気持ちを込めて御神酒を注いだ作者。「風は秋」に感慨が込められている。(潔)
月並に生きて幸せ花芙蓉 江澤 晶子
知恵の輪を外せば小鳥来るテラス 山本 潔
帯に挿す寿恵広扇子秋佳き日 根本恵美子
小鳥くる主宰の赤き腕時計 岡崎由美子
小鳥来る合唱会の招待券 福岡 弘子
大川へ和船漕ぎ出す水の秋 長澤 充子
知恵熱の子と若きママ花芙蓉 大浦 弘子
天恵のひかり湛へて稲稔る 岡戸 林風
尼寺にとけ込むやうに式部の実 髙橋 郁子
招き猫の大き壁絵や秋日和 貝塚 光子
曼珠沙華どこから見ても正面に 内藤和香子
(清記順)
※次回(10月25日)の兼題は「横」
かつしか句会(亀有地区センター)
兼題「月」一切
印象句
吾が影は八頭身や月今宵 近藤 文子
誕生日祝の帰路の星月夜 三尾 宣子
【一口鑑賞】文子さんの句。「月今宵」は「名月」の副季語。陰暦8月15日の満月が名月で、陽暦では9月20日過ぎ前後になることが多い。2021年から今年までは3年連続で9月29日に中秋の名月と満月が重なった。この句は、名月を愛でている自身の影を女性の最も美しいスタイルとされる「八頭身」と捉えたところにおかしみがある。宣子さんの句。「星月夜」は秋の空がよく澄み渡り、月が出ていなくても星の輝きで明るい夜を言う。お孫さんの誕生日を祝った帰り道だろうか。清々しい気持ちが「星月夜」に表れている。(潔)
先を行く夫の頭上の月の弓 高橋美智子
正門を入れば校塔蔦紅葉 新井 紀夫
箸・茶碗ペアに夫婦の良夜かな 笛木千恵子
新聞の文字のざわめく野分かな 新井 洋子
心して「源氏」に挑む秋燈下 五十嵐愛子
生き甲斐は人にそれぞれ昼の月 山本 潔
居待月そろそろ煮しめ煮上がりぬ 片岡このみ
星飛ぶや「雪山讃歌」生みし宿 佐治 彰子
今年米幾度も届き米長者 伊藤 けい
ご無沙汰を詫びて合はす手墓詣 三尾 宣子
秋風やひとりで渡る青信号 近藤 文子
映画跳ね胸にも丸いお月様 西村 文華
柚子坊の食欲柚子の木を枯らす 霜田美智子
満月や語り尽くせぬ夜となり 西川 芳子
(清記順)
※次回(10月22日)の兼題は「文化の日」
東陽句会(江東区産業会館)
兼題 折句「さけつ」
例句 秋刀魚焼く煙の中の妻を見に 山口誓子
印象句
老斑のしるき手の甲葉鶏頭 堤 やすこ
さらさらと袈裟ふれ合へる蔦の門 中川 照子
【一口鑑賞】やすこさんの句。「葉鶏頭」は古くから葉の美しさが鑑賞されてきた。雁が渡ってくるころに色づくことから「雁来紅(がんらいこう)」とも呼ばれる。卒寿を過ぎてなお若々しい作者。老斑の浮いた白い手の甲をさすりながら、秋の深まりを感じているのだろう。「葉鶏頭」の燃え立つような深紅との対比に味わいがある。照子さんの句。かつて京都の寺で見た景を思い出しながら兼題の折句に仕立てた。目の前を通り過ぎる複数の僧侶の姿に臨場感がある。下五の「蔦の門」で場面が引き締まる。(潔)
喧嘩した遠き日のこと柘榴の実 堤 やすこ
父母の恋芽生えしといふ震災忌 中川 照子
鯖雲のけふの高さや釣日和 安住 正子
団栗の屋根を転がる山の宿 斎田 文子
来し方は迷走多く吾亦紅 飯田 誠子
桐一葉わが晩年の過ぎやすく 岡戸 林風
騒がしく今朝の瓢湖に鶴来る 関山 雄一
鬼やんま釣る少年の眼かな 新井 紀夫
ゑのころや少女ころころ笑ひたる 新井 洋子
あをぞらに黙劇のごと秋の雲 松本ゆうき
苦瓜や母はレシピを追伸に 中島 節子
豇豆引くけさの光を摘むやうに 山本 潔
(清記順)
※次回(10月28日)の兼題は折句「しいか」
例句 新米といふよろこびのかすかなり 飯田龍太
若草句会(俳句文学館)
兼題「夢」 席題「日」
印象句
一つづつ消えて最後の法師蟬 市原 久義
この村は老人ばかり曼珠沙華 片岡このみ
【一口鑑賞】久義さんの句。蟬は春蟬から鳴き始めて夏のにいにい蟬、油蟬、みんみん蟬と続き、秋になると蜩、法師蟬へと移る。蟬の仲間で一番遅く出現するのが法師蟬であり、そのユニークな鳴き声によって我々は秋の進展を知ることになる。この句は「最後の法師蟬」との把握が的を射ている。このみさんの句。超高齢社会へ突入した日本の現実をすばりと詠んだ。金子兜太の<曼珠沙華どれも腹出し秩父の子>は昭和17年の作。もはや、こんな子どもの姿は見られない。俳句は時代の移り変わりを映しているから面白い。(潔)
老いよりも夢を語ろう敬老日 松本ゆうき
敬老日長寿の猫のグルメ缶 霜田美智子
俳諧を心の杖に敬老日 岡戸 林風
揺れ戻す風の白さや初尾花 安住 正子
秋天へ客を降ろして昇降機 新井 洋子
三毛猫の通ひ路寺の萩の庭 飯田 誠子
小鳥来る夢二の墓のつづまやか 沢渡 梢
荒畑の猫と目の合ふ白露かな 山本 潔
秋めくや月とる一茶夢の中 新井 紀夫
大樽に葡萄酒醸す厨かな 石田 政江
切れ切れの夢路を手繰る夜長かな 市原 久義
不揃ひもありて月見の団子かな 片岡このみ
(清記順)
※次回(10月14日)の兼題はテーマ「読書」
連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「星」
印象句
百年をともかく無事に震災忌 中島 節子
生かされて今を大事に遠花火 春川 園子
【一口鑑賞】節子さんの句。今年の9月1日は関東大震災100年という節目でもあり、メディアの扱いも大きかった。もちろん、ここに至るまでには東日本大震災をはじめ全国各地で災害が多発しており、いつ何が起きても不思議ではない。「ともかく無事に」は今を生きる我々の共通の感慨と言っていいだろう。園子さんの句も同じ思いのなか、怪我や病気でリハビリ生活を余儀なくされている自分自身に引き寄せて切実な気持ちを詠んでいる。「遠花火」は晩夏の季語。来し方を思う作者の心が投影されているのではないか。(潔)
とんぼうの止まりさうなる草の先 春川 園子
御射鹿池万緑ひびき合うてをり 横山 靖子
カタカナの多き小説星月夜 松本ゆうき
虫しぐれ父の遺愛の星眼鏡 山本 潔
秋の夜のジャズフィナーレは行進に 中島 節子
彦星を亡夫と思ひてより眠る 坪井 信子
夏了る小瓶の中の星の砂 向田 紀子
真暗な白馬山小屋星月夜 飯田 誠子
膕の腫れまだ少し旱星 束田 央枝
星今宵路上ライブを遠巻きに 矢野くにこ
(清記順)
※次回(10月4日)の兼題「色」一切
船橋句会(船橋市中央公民館)
兼題「残」
印象句
照り返す二百十日のアスファルト 沢渡 梢
野の花を飾るひと日の後の雛 並木 幸子
【一口鑑賞】梢さんの句。「二百十日」は立春の日から数えて210日目。大風が起こりやすく、農家は生育中の稲への影響を恐れて厄日とした。今年は句会前日で、折しも沖縄や本州にはそれぞれ台風が接近中。記録的な暑さも続くなか、「アスファルト」に着目して日差しの強さを活写しており、実感がある。幸子さんの句。3月3日の雛の節句に対し、重陽の節句(旧暦9月9日)に再び雛人形を飾ることを「後の雛」と言う。今日では見かけない風習だが、この句は「野の花」を添えて飾る雛人形に哀感を覚える。(潔)
落蟬の残る命を草の上 岡戸 林風
暮れ残る商店街の新豆腐 沢渡 梢
震災忌献花の白きチマチョゴリ 新井 紀夫
残照の海や棚田の稲穂波 新井 洋子
波音の残る小道や星の恋 並木 幸子
まづ一つ鳴いて鈴虫大合唱 有賀 昭子
雁渡し故郷に残る墓一基 山本 潔
「北斗星」の残像月の上野駅 岡崎由美子
滝口に水あふれゐて秋の色 小杉 邦男
ずつしりと重き小包秋暑し 川原 美春
こほろぎの鳴く声夜ごと高まりぬ 平野 廸彦
満月や世界の民よ丸くなれ 飯塚 とよ
※次回(10月7日)の兼題「有」
かつしか句会(亀有地区センター)
兼題「朝顔」or折句「あなや」
例句 あさがほや奈落のふちのやはらかく 正木ゆう子
印象句
まきひげの力尽きたる日の盛 霜田美智子
秋の声地震の備へも休みなし 伊藤 けい
【一口鑑賞】霜田さんの句。上五で怪しい髭男を想像した人もいたようだが、「まきひげ」は植物の茎や葉の一部が変形して細長い蔓になり、他のものに巻きつくようになったもの。葡萄や糸瓜、朝顔などに見られる。記録的な猛暑で植物が元気をなくしている様子を巧みに描写した。「日の盛」が晩夏の季語。けいさんの句。9月1日の関東大震災100年を前に、地震(なゐ)への備えを欠かさない作者。「秋の声」に震災の被害者への思いも込められているのだろう。折句ながら時宜にかなう一句に仕上がった。(潔)
おーい雲よ秋空ほはり何処へ行く 五十嵐愛子
娘の描くシャッターアート大暑の日 霜田美智子
朝顔や戦なき世の種が欲し 山本 潔
蟬落ちて大往生や天へ四肢 笛木千恵子
あさがほや叔父の形見の蓄音機 近藤 文子
ピーマンの肉詰め旨し夕御膳 三尾 宣子
着もしない服にアイロン終戦日 片岡このみ
放牧の羊遥かに鰯雲 新井 洋子
抗ひて蔓の行方や牽牛花 新井 紀夫
エアコンに預けしいのち処暑の朝 伊藤 けい
腰痛の漸く癒えて涼新た 西川 芳子
鳳仙花母の小言の懐かしき 高橋美智子
傍らに藤沢周平蟬しぐれ 小野寺 翠
秋の野に鳴らす熊よけ山日和 佐治 彰子
力闘の球児に見入り秋暑し 西村 文華
(清記順)
※次回(9月24日)の兼題「月」一切
東陽句会(江東区産業会館)
兼題 折句「はあし」
例句 はからずも雨の蘇州の新豆腐 加藤楸邨
印象句
初秋や浅間山の煙白々と 新井 紀夫
不安げに口浸す孫山清水 関山 雄一
【一口鑑賞】紀夫さんの句。浅間山は長野、群馬両県の境にまたがる活火山。標高2568㍍。小諸馬子唄に「小諸出て見りゃ 浅間の山に 今朝も三筋の 煙立つ」とうたわれる通り、噴煙のたなびく美しい姿が人々を魅了してきた。作者にとっては故郷の山。折句ながら、無理なく17音に収まっている。雄一さんの句は、山登りでの一場面。現代においては生水を口にする機会は滅多にないから、お孫さんにとっては貴重な体験だろう。清らかに澄んだ山の水であっても不安そうに口にする様子が目に浮かぶ。作者はこの日が句会初体験。(潔)
葬送の列に一声時鳥 関山 雄一
芝居小屋へそつと抜け出す秋遍路 中川 照子
一雨がほしいと残暑見舞ひかな 飯田 誠子
さざ波の襞きららかに処暑の朝 中島 節子
霊園に空地をちこち飛蝗とぶ 向田 紀子
八月の雨に濡れつゝ思案橋 山本 潔
北岳に厚き雲あり柿の秋 新井 紀夫
はつかなる雨粒宿し秋海棠 岡崎由美子
葉の先へ蟻のぼりゆく静けさよ 堤 やすこ
カステラの底のざらめや秋日濃し 新井 洋子
背徳の愛は甘いか死人花 松本ゆうき
晩学の歩みは遅し新松子 岡戸 林風
敗戦日兄の遺骨てふ白き石 安住 正子
青芝に白きボールや遠榛名山 斎田 文子
(清記順)
※次回(9月23日)の兼題は折句「さけつ」
例句 秋刀魚焼く煙の中の妻を見に 山口誓子
すみだ句会(すみだ産業会館)
兼題「数」
印象句
ありなしの風を肌身に処暑の句座 岡戸 林風
色鳥や皿数多き宿の膳 岡崎由美子
【一口鑑賞】林風さんの句。この日はまさに「処暑」。二十四節気の一つで、厳しい暑さの峠を越した頃となるが、今年のように記録的な暑さが続くなかにあっては実感しづらい。それでも作者は「ありなしの風」のなかに「処暑」を見出して句座に臨んだのである。「俳句は季題の詩」と思わせてくれる一句。由美子さんの句は兼題「数」を巧みに詠み込んだ。「色鳥」は主に秋に渡ってくる色の美しい小鳥たち。色々な鳥がやって来る宿での豊かな食事のひと時を楽しんでいる様子が目に浮かぶ。(潔)
数ならぬ身とは思へど草の花 岡戸 林風
数珠玉の囁くやうな夕堤 大浦 弘子
もう限界ありつたけの扇風機 根本恵美子
薬草湯心ゆくまで夜の秋 髙橋 郁子
数日はお酒断ちます秋彼岸 松本ゆうき
ぷつくらと蕾の桔梗夢ひらけ 江澤 晶子
揺り椅子にしばし微睡む秋の昼 長澤 充子
背伸びして甕覗く猫夕涼し 岡崎由美子
風船葛けさも数へる小さき指 内藤和香子
朝の渚素足に若さ戻る波 貝塚 光子
数式に埋まる黒板秋暑し 山本 潔
名月や数へ九十で逝きし母 福岡 弘子
(清記順)
※次回(9月27日)の兼題は「恵」
船橋句会(船橋市中央公民館)
兼題「深」
印象句
深海の塩の浴剤夜の秋 沢渡 梢
深海魚見たくはないか夏の空 川原 美春
【一口感想】梢さんの句。「深海の塩」は水深200メートルより深いところにある海洋深層水から採れた塩。ミネラルが豊富で美容や健康にも良いとされ、さまざまな商品が開発されている。入浴剤を使えば、猛暑で疲れた体を休めてくれそうだ。「夜の秋」という晩夏の季語が巧みで、秋を探る気分が伝わってくる。美春さんの句。「深海魚」にとっては余計なお世話かもしれないが、「夏の空」を「見たくはないか」という問い掛けに作者のやさしさが感じられる。ユーモラスな一句。(潔)
夕端居空気の読める猫とゐて 岡戸 林風
赤のまま夕陽の中に病む姉と 並木 幸子
教会の椅子の硬さや秋隣 沢渡 梢
青柿の青い音して落ちにけり 飯塚 とよ
行合の空の深さよ百日紅 新井 洋子
咲ききつて駅北口の百日紅 小杉 邦男
寝不足の目深にかぶる夏帽子 川原 美春
朝顔に夜の名残りの湿りかな 岡崎由美子
万緑や三国峠の闇深く 石田 政江
「キンカン」の残る数滴夏終る 新井 紀夫
秋立つや胃の腑に深く澄まし汁 山本 潔
部活終へ皆で焼きそば大夕焼 三宅のり子
(清記順)
※次回(9月2日)の兼題は「残」