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『花暦』平成24年3月号ダイジェスト

暦日抄     舘岡沙緻

橙飾り移り住むこと怺へゐて
亡妹のパレット乾きシクラメン
雪解風家居さびしみ病みゐたり
何時かもこんな玻璃越し風の野水仙
戦後とは死語か日比谷の冬薔薇
冬薔薇胸病みし頃うすれゆく
笑ふこと少なく冬の黒ビール
正体不明の樹木すつぽり菰巻かれ
地の生命芝の春雪消えのこり
水鳥の胸毛の白や癌焼きし
夕清し日差さぬままの薄氷
鉄門の奥より昏るる冬の鵯
初句座の壁の白さや術後なる
外は霙手擦れ瓢箪七味入れ
しつとりと下町運河寒明けし

 〔Web版限定鑑賞〕誰しもふと、「あれっ、こんな風景を前にも見たぞ」と感じることがある。いわゆるデジャヴュ(既視感)だ。主宰は、それをすかさず詠んでしまう。窓越しに揺れる水仙に目を凝らし、「何時かもこんな…」と口を衝いて言葉が出てきたのだろうか。「玻璃越し風の野水仙」と畳み掛ければたちまち俳句になっている。これぞまさに言葉の芸!経済白書で「もはや戦後ではない」と言われた時代も遠く過ぎ去った。「戦後とは死語か」の思いがふつふつと湧いてきたのは、日比谷公園に咲く冬薔薇を見た時か。すぐ近くには昭和史に必ず登場する浅沼事件の舞台となった日比谷公会堂もある。煉瓦建築の建物を眺めている主宰の姿まで目に浮かんでくるようだ。この冬は格別に寒かった。菰がすっぽり被された樹木、芝に残る雪、日影の薄氷……。「外は霙(みぞれ)手擦れ瓢箪七味入れ」は、句会への道すがらに寄った蕎麦屋での即吟という。古びた七味入れも、主宰の手にかかればたちまち存在感が増してくるから面白い。やがて墨東の寒も明けた。「しつとりと」に風情が込められている。(潔)

舘花集・秋冬集・春夏集抄
日の力抜けて突立つ枯芒(加藤弥子)
木枯や象舎に戻る象老いて(進藤龍子)
古利根の水の涸れゆくばかりなる(長岡幸子)
セーターの日々よいつしか晩年に(根本莫生)
下駄箱の奥に爪革十二月(浅野照子)
頂上やわが心音を樹氷界(池田まさを)
着ぶくれの子の転がつてくる滑り台(岡崎由美子)
初富士といふ新しき白さかな(矢野くにこ)
臼と杵水に浸して年つまる(長谷川きよ子)
貝焼や海に暮色の迫りきて(岡戸良一)
木枯や券売口は樹脂ガラス(大野ひろし)
冬の噴水ガラス器のやう園の池(貝塚光子)
福参り精進落しは蕎麦せいろ(新井由次)
菊活けて子規の机の黝光り(工藤綾子)

印象句から
坂がかる屋台囃子や息白し(山本潔)
猿回し去るとき肩に猿乗せて(田澄夫)
初空や目にたつぷりと富士の山(吉田精一)
氷河抱く剣岳立山恵方とす(吉崎陽子)
成りゆきにまかす人生冬銀河(野中和子)
冬の日の移りやすしよ車止め(山崎正子)
銭箱の置かる農家の冬大根(川本キヨ)
「はやぶさ」の帰還航跡文化の日(土屋天心)
弁天窟ぬければ春の光かな(福岡弘子)
声明に和して太鼓の初不動(梅林勝江)
茜空に宮司の声や福は内(梅津雪江)
雪の朝裏道はまだ汚れなく(小西共仔)
地震多き年の明け暮れ年つまる(吉田貞子)
冬日さし軍手でみがくカーブミラー(鈴木正子)

■ 『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。

■ 舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。


会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻

お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp

【24年3月の活動予定】
 1日(木)花暦14周年祝賀会
 6日(火)さつき句会(白髭)
 9日(金)板橋句会(中板橋)
10日(土)若草句会(俳句文学館)
13日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
14日(水)連雀句会(三鷹)
17日(土)木場句会(江東区産業会館)
22日(木)葵の会(事務所)
23日(金)花暦例会・天城合同句会(俳句文学館)
28日(水)すみだ句会(すみだ産業会館)

『花暦』平成24年2月号ダイジェスト

暦日抄     舘岡沙緻

忘年や揺るる梢先空青く
術後の顔てのひら撫でて年逝かす
老いゆくも病むも勝手や去年今年
干し柿をひとり食うべて亡母のこと
初山河田の面は平らなるままに
眦までのびやかなりし初堤
焼灼治療の癌この辺り初湯かな
蕪煮の一つ二つを術後の身
励まされ背筋伸ばしぬ柚子膾
少し怒り空腹おぼゆなづな粥
初弁天柄杓とらむと一歩かな
一つ橋に名前二つや初景色
残されしにあらず残りて冬の園
寒晴や声を発して癒え信ず
湯豆腐やほどほど生きて病むでをり

 〔Web版限定鑑賞〕主宰が昨年刊行した第5句集『夏の雲』(角川書店)のあとがきに「私は己の生きざまが例えどうであっても、日々の暮し、思いを詠うように務めてまいりました」とある。その姿勢は肝臓癌の焼灼治療を克服した今も貫かれている。梢の先には青い空が広がり、顔や手のひらを撫でれば生きている自分がいる。「老いゆくも病むも勝手や」とつぶやきながら、また新しい年が明けた。術後の身をいたわりつつ、少し怒ってみたらお腹が空いたのは、まさに生身の人間だから。なづな粥をすすっているうちに怒りも忘れてしまったに違いない。弁天様への初吟行では、柄杓を取ろうと自ら踏み出した一歩を見事に捉えて写生した。「湯豆腐やほどほど生きて病むでをり」は、人生の無常と向き合う俳人としての眼差しの感じられる一句。しかも肩の力を抜いた措辞が素晴らしい。(潔)

舘花集・秋冬集・春夏集抄
浜小春子はボール蹴る風をける(加藤弥子)
くろがねの燈籠点り紅葉冷(野村えつ子)
紙を漉く前山まるく暮れ初むる(春川園子)
秋燈や箱型無人精米所(岡崎由美子)
何も無き道につまづき冬に入る(新井洋子)
草木みな力を抜きて冬ざるる(束田央枝)
国上山いま時雨るる頃か五合庵(坪井信子)
手締めしてあとのさびしき三の酉(高久智恵江)
着ぶくれて首の体操してをりぬ(長谷川きよ子)
湯豆腐や山門昏れてゆくばかり(岡戸良一)
鍋焼の赤き蒲鉾母癒えて(針谷栄子)
季節はずれの高原ホテル室の花(森永則子)
止め椀の麩の紅淡し年忘れ(土肥きよ子)
凍鶴のやうに籠りて化粧せず(河野律子) 

印象句から
枯野にて光りをもらふ鳥けもの(野中和子)
辛口の地酒に酔へり枯木宿(田 澄夫)
凩やいよよ古びしトタン塀(吉田精一)
靴べらのやうな嘴鴨の声(山本 潔)
震災の影を残して冬に入る(畑中一成)
極月の昭和の時計螺子を巻く(吉崎陽子)
鳥あまた南天の実に袋かけ(川本キヨ)
オホーツクは枯野かワンマン車の過ぐる(土屋天心)
風強きビルの狭間の福詣(福岡弘子)
五姉妹の絆や母と初暦(梅林勝江)
波がしら白くおどるや寒の海(梅津雪江)
夕空に納めの観音月うすし(小西共仔)
黙々とただ黙々と毛糸編む(山崎正子)

■ 『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。

■ 舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。


会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻

お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp

【24年2月の活動予定】
 6日(月)花暦吟行会(墨田区旧安田庭園)
 7日(火)さつき句会(白髭)
 8日(水)連雀句会(三鷹)
10日(金)板橋句会(中板橋)
11日(土)若草句会(俳句文学館)
14日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
18日(土)木場句会(江東区産業会館)
20日(月)花暦例会(俳句文学館)
22日(水)すみだ句会(すみだ産業会館)
24日(金)天城句会(俳句文学館)
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Author:艸俳句会
艸俳句会のWeb版句会報。『艸』(季刊誌)は2020年1月創刊。
「艸」は「草」の本字で、草冠の原形です。二本の草が並んで生えている様を示しており、草本植物の総称でもあります。俳句を愛する人には親しみやすい響きを持った言葉です。

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