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『花暦』平成24年10月号ダイジェスト

暦日抄     舘岡沙緻

足弱のわれに瀬音や盆の風
踊提灯点り山門暮れ残る
武州上州厄日紛ひの強雨去る
踊浴衣寺のきざはし雨宿り
わが総身隠さむ樹影風の色
はやばやと秋の初風運河辺り
無花果の一つ二つや山の雨
秋風やむかし市電の皮鞄
鵙鳴くや正座出来ぬ身いつよりぞ
夫なきに馴れて八十路の虫の闇
昼眠り夜は眠られず虫と病む
身を病めば秋の素麺小笊にす
虫の夜の病院裏の捨て運河
まぶたとはやさしきものよ髪洗ふ
蟋蟀や生命の底の見えてきし


 〔Web版限定鑑賞〕俳句は「切れの文芸」とも言われる。「や」「かな」「けり」などの切れ字を効果的に使うことで短詩の世界に広がりが生まれ、リズムも良くなる。今月の暦日抄には、そんな句が巧みに配置されている。「秋風やむかし市電の皮鞄」。そこはかとない寂しさを感じさせる「秋風」と「皮鞄」が響き合う。「蟋蟀(こおろぎ)や生命の底の見えてきし」は心象句。「蟋蟀」に無常観を重ねつつ、人生の最終目標を見据えている自分を詠んだ。「生命の底」は主宰ならではの措辞。「鵙(もず)鳴くや正座出来ぬ身いつよりぞ」では、「や」「ぞ」とあえて二つの切れ字を配した。正座をするのが辛い高齢者の身体感覚を強調し、「鵙」の鋭い鳴き声からは心の悲鳴も聞こえてくるようだ。「まぶたとはやさしきものよ髪洗ふ」の「よ」も絶妙な働きをしている。そう言われれば、貌にあってまぶたはやさしい。「~よ」と軽く切ったところから詩が生まれる。主宰は、身体感覚を詠んで心の状態を表現する俳人としても定評がある。(潔)

舘花集・秋冬集・春夏集抄
ソーダ水嬉しきときも涙出て(加藤弥子)
学校の窓の反射や広島忌(野村えつ子)
裸子や足首までの水踏みて(岡崎由美子)
草刈る音耳朶にしたるや観音像(高久智恵江)
父の遺せしマッチのラベル巴里祭(岡戸良一)
塩地蔵残る暑さの日の中に(岡田須賀子)
晩夏光展示異物の零戦機(針谷栄子)
サンダルで水場へ朝の登山小屋(大野ひろし)
広島忌朝餉の膳に正座して(鶴巻雄風)
誕生日はパリー祭なり雨女(長野紀子)
献木もいつしか杜に夏深し(高橋郁子)
少年の芯まで噛る青林檎(滝田ふみ子)
裾の丈つひに馴染まぬ宿浴衣(山本潔)
旅つづく夜濯ぎのもの部屋に干し(田澄夫)

印象句から
駅ホームいつせいに鳴る鉄風鈴(吉崎陽子)
試歩百歩うながされをり百日紅(川本キヨ)
水蜜桃肌の白さは亡父似なり(山崎正子)
病む背ナに風の気配や秋めける(小泉千代)
立ちくらみかとも一瞬夏燕(鈴木えい子)
プランターに向日葵育て駐在所(五十嵐由美子)
駅前花壇人さまざまの夏姿(中村松歩)
雲走り日照雨過ぎたる草いきれ(工藤綾子)
望みてもかなはぬことは暑気払い(河野律子)
動く雲動かぬ雲や秋暑し(山室民子)

◇第51回全国俳句大会(主催 俳人協会)
 ふらここに並んで掛けて恙なし 高野愛子
  今瀬剛一選(入選)

◇第31回江東区芭蕉記念館
 時雨忌全国俳句大会(主催 江東区文化コミュニティ財団)
 花柄の折りたたみ杖はせをの忌 浅野照子
  伊藤敬子選(特選)

■ 『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。

■ 舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。


会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻

お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp

【24年10月の活動予定】
 1日(月)花暦吟行会(小石川後楽園)
 2日(火)さつき句会(白髭)
 6日(土)風の会(事務所)
 9日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
10日(水)連雀句会(三鷹)
12日(金)板橋句会(中板橋)
13日(土)若草句会(俳句文学館)
15日(月)花暦例会(俳句文学館)
20日(土)木場句会(江東区産業会館)
24日(水)すみだ句会(すみだ産業会館)
26日(金)天城句会(俳句文学館)




『花暦』平成24年9月号ダイジェスト

暦日抄     舘岡沙緻

  一木会谷中にて
墓所墓域谷中寺町星祭
陸橋よりの知らぬ町空星迎へ
仕舞屋に画展ポスター梅雨深し
露草や江戸より守りて坂暮らし
エスカレーター丸見えホテル冷房裡

  再び入院
蛍火か夜の病廊の戸口の灯
見舞籠に向日葵生きる力得し
注射痕の身を棒立ちにシャワー浴ぶ

  埼玉にて
うすれゆく血縁風の柳蘭
青蘆は鉄壁雨後の川勢ふ
昭和悲歌(エレジー)退院の日は広島忌
「美しき村」を曝書す病み上り
書を曝すといへど身辺五・六冊
蕁麻(いらくさ)の波立つ先のとんぼかな
枇杷の葉に夕風夏の果てむとす


 〔Web版限定鑑賞〕『花暦』のモットーは「写生第一」。日頃、主宰は「吟行をして写生を磨くことが大事」と話し、傘寿を過ぎた今も自ら実践している。今月の暦日抄では、東京・谷中の吟行句が冒頭に5句並んでいる。「露草や江戸より守りて坂暮らし」では、坂の多い谷中界隈の風景や人々の様子を大きくつかみとった。染料になり、昔から人々の暮らしにもなじみの深い「露草」が効果的だ。「エスカレーター丸見えホテル冷房裡」も吟行ならではの発見の句。谷中吟行の後、主宰は再び入院。「蛍火か夜の病廊の戸口の灯」「見舞籠に向日葵生きる力得し」。辛い入院生活の中にあっても、写生の回路は働き続けている。「季語はいくらでもある。病気で吟行ができなければ、自分の心の息遣いを詠えばいい」。そう教えるかのように。8月6日の退院の際には、「昭和悲歌(エレジー)退院の日は広島忌」と詠った。昭和一桁世代の心象風景が垣間見える。「枇杷の葉に夕風夏の果てむとす」。少し涼しくなった風が当たる「枇杷の葉」は、主宰の心そのものだろう。猛暑の夏が終わろうとしている今、自らの息遣いを確かめている。(潔)

舘花集・秋冬集・春夏集抄
回廊の下は菖蒲田白菖蒲(進藤龍子)
うすものや幼馴染といふことば(長岡幸子)
おいしさう向かふの人の心太(根本莫生)
敷藁を日照雨ぬらしぬ茄子の花(野村えつ子)
花茣蓙や寝ても解かぬ嬰のこぶし(相澤秋生)
プレハブの野球部部室大西日(岡崎由美子)
病む姉の言葉つまりし梅雨の夜(堤 靖子)
梅雨深く革の匂ひの靴売場(向田紀子)
日は宙に麦藁干せる畑の中(中島節子)
藍甕の土間を抜けゆく麦の風(高久智恵江)
露草の花の青さや朝の雨(小泉千代)
青梅雨や書店の中の喫茶室(針谷栄子)
底紅の咲いて下町小学校(土肥きよ子)
野良猫に一歩も引かず羽抜鶏(田澄夫)

印象句から
単線の屋根なきホーム濃紫陽花(吉崎陽子)
村中に植田の水の匂ひけり(鈴木正子)
草むらに転ぶ空蝉夕日かげ(秋山光枝)
女教師のピストル空へ運動会(河田千代)
八ツ橋に屈むや朱夏の水匂ふ(安住正子)
ガラス皿にくるくる巻きの冷素麺(河野律子)
実梅捥ぐ大き脚立をかつぎ来し(松川和子)
ぽとぽとと青柿落ちて風やみぬ(小林聖子)
夫在らば在らばと思ふ揚花火(長谷川とみ)
増上寺白木蓮の雨の道(畑中一成)

■ 『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。

■ 舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。


会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻

お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp

【24年9月の活動予定】
 4日(火)さつき句会(白髭)
 8日(土)若草句会(俳句文学館)
12日(水)連雀句会(三鷹)
14日(金)板橋句会(中板橋)
15日(土)木場句会(江東区産業会館)
17日(月)花暦例会(俳句文学館)
20日(木)葵の会(事務所)
24日(月)花暦吟行会(人形町・水天宮界隈)
26日(水)すみだ句会・幸の会合同句会(すみだ産業会館)
28日(金)天城句会(俳句文学館)
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艸俳句会

Author:艸俳句会
艸俳句会のWeb版句会報。『艸』(季刊誌)は2020年1月創刊。
「艸」は「草」の本字で、草冠の原形です。二本の草が並んで生えている様を示しており、草本植物の総称でもあります。俳句を愛する人には親しみやすい響きを持った言葉です。

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