『花暦』ダイジェスト平成25年10月号
暦日抄 舘岡沙緻
珈琲にミルクの渦や終戦日
石仏の涼しき水に濡れ通す
蛇口全開灼け砂場灼け雀
昼寝にはあらず病む身を託ちをり
思ひ煩ふことは命ぞ吊忍
蝉声を聞かまく一歩控へたる
鯖雲のぱらりと空にそれつきり
夏果つる水辺を人の行き来して
着馴れたる木綿着夏の果てにけり
夜のどぜう丸煮好みの箸づかひ
桔梗や名刺持たぬはいつよりぞ
色なき風母へ文書く人のゐて
町中の塔の高しや風は秋
高椅子に背凭れ涼の新たなり
秋の湖こころにひとり暮しかな
〔Web版限定鑑賞〕俳句に重要なことの一つは「耳に響く効果」である。自ら詠む際はもちろんのこと、人の俳句を読むときも声を出してみると味わいが深まる。「石仏の涼しき水に濡れ通す」。この句は五七五の定型であると同時に「涼しき水に」の響きが軽快だ。「蛇口全開灼け砂場灼け雀」は七五五の句。夏の直射日光で焼けた砂場に一気に水を撒く様子が目に浮かぶ。「蛇口全開」でいったん切った後の「灼け砂場」「灼け雀」という言葉の配置が実に軽妙なリズムを生んでいる。「着馴れたる木綿着夏の果てにけり」は、意味の上からは「木綿着」までが一塊(ひとかたまり)だが、「着馴れたる・木綿着・夏の・果てにけり」と軽く休みながら読んでみたい。「秋の湖こころにひとり暮しかな」は心象句。主宰は9月上旬、肝臓癌の焼灼治療のため入院したが、月末には日光・奥日光への一泊吟行会に無事参加できた。この句は弟子たちと旅行したい!秋の中禅寺湖を見たい!という強い思いを詠った。「秋の湖」「こころに」「ひとり」「暮し」でイ音の脚韻を踏みながら、切れ字「かな」へとつながる流れが美しく、抒情を響かせる。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
一心に落ちくる滝の白さかな(加藤弥子)
硝子戸に捩ぢ込み錠や入谷夏(進藤龍子)
生一本あれば鰹の土佐造り(根本莫生)
亡者踊り頭巾かぶりの少女の眼(浅野照子)
暮れぎはの山の藍色洗鯉(野村えつ子)
滝音の遠く誰もゐぬ養魚場(岡崎由美子)
メロンを皿に林真理子のエッセー集(中島節子)
残暑なほがたつく卓に紙かませ(堤 靖子)
滴りや杉の匂ひの山の風(坪井信子)
潮の香を手足に残し子の昼寝(岡戸良一)
長虫のなぜか嫌はる長さかな(秋山光枝)
香水や地下深くある改札口(橘 俳路)
ヘルメットに汗のタオルをつつこみて(大野ひろし)
幸せを分け合ふやうにメロン切る(長野克俊)
印象句から
若者に席をゆづられ大花火(福岡弘子)
茂吉の碑訪へば蔵王は秋立ちぬ(小林聖子)
米を磨ぐ水の濁りの残暑かな(岡田須賀子)
陸橋に車輛のひびき夏行けり(貝塚光子)
実弟に亡父の面差し盆料理(長澤充子)
廃業の湯屋の更地を蟻走る(工藤綾子)
大夕立轍の跡を深くせり(安住正子)
自転車の僧風切つて青田道(吉崎陽子)
初蝉と思ひしバスを待つ身かな(松川和子)
八月の有明汐の濁りけり(吉田スミ子)
夏の白馬山沢の流勢足すくみ(桑原さか枝)
河骨の咲きて沼地を明るくす(長谷川とみ)
あれこれを楽しいプラン盆休(江沢晶子)
上水のただ一本の鹿の子百合(河野律子)
豪雨来て極暑の大地さましけり(高橋郁子)
■ 『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■ 舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【25年10月の活動予定】
1日(火)さつき句会(白髭)
8日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
9日(水)連雀句会(三鷹)
11日(金)花暦吟行会(世田谷八幡宮・豪徳寺)
12日(土)若草句会(俳句文学館)
17日(木)板橋区会(中板橋)
19日(土)木場句会(江東区産業会館)
21日(月)花暦例会(俳句文学館)
23日(水)花暦すみだ句会(すみだ産業会館)
25日(金)天城句会(俳句文学館)
珈琲にミルクの渦や終戦日
石仏の涼しき水に濡れ通す
蛇口全開灼け砂場灼け雀
昼寝にはあらず病む身を託ちをり
思ひ煩ふことは命ぞ吊忍
蝉声を聞かまく一歩控へたる
鯖雲のぱらりと空にそれつきり
夏果つる水辺を人の行き来して
着馴れたる木綿着夏の果てにけり
夜のどぜう丸煮好みの箸づかひ
桔梗や名刺持たぬはいつよりぞ
色なき風母へ文書く人のゐて
町中の塔の高しや風は秋
高椅子に背凭れ涼の新たなり
秋の湖こころにひとり暮しかな
〔Web版限定鑑賞〕俳句に重要なことの一つは「耳に響く効果」である。自ら詠む際はもちろんのこと、人の俳句を読むときも声を出してみると味わいが深まる。「石仏の涼しき水に濡れ通す」。この句は五七五の定型であると同時に「涼しき水に」の響きが軽快だ。「蛇口全開灼け砂場灼け雀」は七五五の句。夏の直射日光で焼けた砂場に一気に水を撒く様子が目に浮かぶ。「蛇口全開」でいったん切った後の「灼け砂場」「灼け雀」という言葉の配置が実に軽妙なリズムを生んでいる。「着馴れたる木綿着夏の果てにけり」は、意味の上からは「木綿着」までが一塊(ひとかたまり)だが、「着馴れたる・木綿着・夏の・果てにけり」と軽く休みながら読んでみたい。「秋の湖こころにひとり暮しかな」は心象句。主宰は9月上旬、肝臓癌の焼灼治療のため入院したが、月末には日光・奥日光への一泊吟行会に無事参加できた。この句は弟子たちと旅行したい!秋の中禅寺湖を見たい!という強い思いを詠った。「秋の湖」「こころに」「ひとり」「暮し」でイ音の脚韻を踏みながら、切れ字「かな」へとつながる流れが美しく、抒情を響かせる。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
一心に落ちくる滝の白さかな(加藤弥子)
硝子戸に捩ぢ込み錠や入谷夏(進藤龍子)
生一本あれば鰹の土佐造り(根本莫生)
亡者踊り頭巾かぶりの少女の眼(浅野照子)
暮れぎはの山の藍色洗鯉(野村えつ子)
滝音の遠く誰もゐぬ養魚場(岡崎由美子)
メロンを皿に林真理子のエッセー集(中島節子)
残暑なほがたつく卓に紙かませ(堤 靖子)
滴りや杉の匂ひの山の風(坪井信子)
潮の香を手足に残し子の昼寝(岡戸良一)
長虫のなぜか嫌はる長さかな(秋山光枝)
香水や地下深くある改札口(橘 俳路)
ヘルメットに汗のタオルをつつこみて(大野ひろし)
幸せを分け合ふやうにメロン切る(長野克俊)
印象句から
若者に席をゆづられ大花火(福岡弘子)
茂吉の碑訪へば蔵王は秋立ちぬ(小林聖子)
米を磨ぐ水の濁りの残暑かな(岡田須賀子)
陸橋に車輛のひびき夏行けり(貝塚光子)
実弟に亡父の面差し盆料理(長澤充子)
廃業の湯屋の更地を蟻走る(工藤綾子)
大夕立轍の跡を深くせり(安住正子)
自転車の僧風切つて青田道(吉崎陽子)
初蝉と思ひしバスを待つ身かな(松川和子)
八月の有明汐の濁りけり(吉田スミ子)
夏の白馬山沢の流勢足すくみ(桑原さか枝)
河骨の咲きて沼地を明るくす(長谷川とみ)
あれこれを楽しいプラン盆休(江沢晶子)
上水のただ一本の鹿の子百合(河野律子)
豪雨来て極暑の大地さましけり(高橋郁子)
■ 『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■ 舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【25年10月の活動予定】
1日(火)さつき句会(白髭)
8日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
9日(水)連雀句会(三鷹)
11日(金)花暦吟行会(世田谷八幡宮・豪徳寺)
12日(土)若草句会(俳句文学館)
17日(木)板橋区会(中板橋)
19日(土)木場句会(江東区産業会館)
21日(月)花暦例会(俳句文学館)
23日(水)花暦すみだ句会(すみだ産業会館)
25日(金)天城句会(俳句文学館)