「花暦」ダイジェスト平成25年11月号
暦日抄 舘岡沙緻
雑木林に上州の風走り蕎麦
曼珠沙華日裏日表燃え競ふ
若ければ爪に星ぼし曼珠沙華
青蜜柑恋に表裏の無かりけり
席題二句
三社様の秋の団扇を枕上ミ
うしろ姿すこし痩せしか秋団扇
兜太の癌わが癌ともに秋逝かす
奥日光六句
露の身に落下の水の白勢ふ
純白を貫き通す秋の滝
水勢の岩場浄むる秋の滝
露寒や神の山への石の階
露けしや旧御所の廊囲む廊
戦場ヶ原雲翳りして草の花
旅果てて秋の黴雨となりにけり
冬いよよ椅子を頼りの屈みぐせ
〔Web版限定鑑賞〕俳句は「断定の文学」と言われる。五七五に季語も用いるという制約の中で、自分自身の感動や発見などをいかに表現するか。まずは句の基点となる「私」の思いを潔く言い切ることが求められる。「兜太の癌わが癌ともに秋逝かす」。俳句界の長老、金子兜太は94歳。一昨年秋に胆管癌の手術を受けた。今は「6、7割の力」で活動しているというが、その健在ぶりは多くの俳人の励みになっているはずだ。肝臓癌を抱える身の主宰も、兜太へエールを送りつつ、また一つの季節をやり過ごしていくことへの安堵感を「秋逝かす」と言い切った。「露の身に落下の水の白勢ふ」「純白を貫き通す秋の滝」「水勢の岩場浄むる秋の滝」はいずれも奥日光での旅吟。人間という、はかない存在と滝との対比が明快だ。読み手の目にも映像が浮かぶ。「旅果てて秋の黴雨(ついり)となりにけり」は、旅行後の感傷的な気分を詠んだ一句。日光では好天に恵まれたものの、東京に戻ると台風の影響でしばらく荒れた天気が続いた。「秋黴雨」は「秋の雨」の傍題。この季語が持つ物淋しい感じを巧みに織り込んで詩情があふれる。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
白樺に夏果ての雨走りけり(加藤弥子)
土の匂ひして黍畑に雨至る(進藤龍子)
物焼いて焦がす砂浜夏の果(野村えつ子)
新涼や生きてればこそ死の話(堤 靖子)
溝萩の雨呼ぶ風となりにけり(坪井信子)
逝く夏に海は光を惜しみけり(高久智恵江)
川音にまづは心を帰省かな(岡戸良一)
石畳の黒き人影長崎忌(針谷栄子)
ガード下の焼鳥屋台終戦日(飯田誠子)
夏木立庭より見ゆる奥座敷(工藤綾子)
夕菅や高原駅は靄の中(森永則子)
炎天の電話ボックス埋立地(大野ひろし)
変はる世に変はらぬものや梅漬ける(鶴巻雄風)
麻衣ひと日の皺を増やしたる(山本 潔)
印象句から
一時に熟れし無花果持てあます(福岡弘子)
北軽井沢光の中の青林檎(山崎正子)
稲架組みて声の落ちくる学校田(小泉千代)
書に飽きて故郷遠し鰯雲(中村松歩)
神の池に適ひて白き彼岸花(貝塚光子)
膝折りて門火焚きをり恙の身(安住正子)
今朝の水両手に溢れ白露なる(長澤充子)
流星やはや寝落ちたる猟師町(田 澄夫)
時計台へ風の道あり秋茜(吉崎陽子)
山頂の色づく木々やななかまど(吉田スミ子)
■ 『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■ 舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【25年11月の活動予定】
2日(土)花暦吟行会(浅草界隈)
5日(火)さつき句会(白髭)
7日(木)花暦一木会(調布界隈)
9日(土)若草句会(俳句文学館)
11日(月)花暦バザーと落語会(ギャラリー・バルコ)
12日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
13日(水)連雀句会(三鷹)
16日(土)木場句会(江東区産業会館)
18日(月)花暦例会(俳句文学館)
21日(木)板橋区会(中板橋)
22日(金)天城句会(俳句文学館)
27日(水)花暦すみだ句会(すみだ産業会館)
雑木林に上州の風走り蕎麦
曼珠沙華日裏日表燃え競ふ
若ければ爪に星ぼし曼珠沙華
青蜜柑恋に表裏の無かりけり
席題二句
三社様の秋の団扇を枕上ミ
うしろ姿すこし痩せしか秋団扇
兜太の癌わが癌ともに秋逝かす
奥日光六句
露の身に落下の水の白勢ふ
純白を貫き通す秋の滝
水勢の岩場浄むる秋の滝
露寒や神の山への石の階
露けしや旧御所の廊囲む廊
戦場ヶ原雲翳りして草の花
旅果てて秋の黴雨となりにけり
冬いよよ椅子を頼りの屈みぐせ
〔Web版限定鑑賞〕俳句は「断定の文学」と言われる。五七五に季語も用いるという制約の中で、自分自身の感動や発見などをいかに表現するか。まずは句の基点となる「私」の思いを潔く言い切ることが求められる。「兜太の癌わが癌ともに秋逝かす」。俳句界の長老、金子兜太は94歳。一昨年秋に胆管癌の手術を受けた。今は「6、7割の力」で活動しているというが、その健在ぶりは多くの俳人の励みになっているはずだ。肝臓癌を抱える身の主宰も、兜太へエールを送りつつ、また一つの季節をやり過ごしていくことへの安堵感を「秋逝かす」と言い切った。「露の身に落下の水の白勢ふ」「純白を貫き通す秋の滝」「水勢の岩場浄むる秋の滝」はいずれも奥日光での旅吟。人間という、はかない存在と滝との対比が明快だ。読み手の目にも映像が浮かぶ。「旅果てて秋の黴雨(ついり)となりにけり」は、旅行後の感傷的な気分を詠んだ一句。日光では好天に恵まれたものの、東京に戻ると台風の影響でしばらく荒れた天気が続いた。「秋黴雨」は「秋の雨」の傍題。この季語が持つ物淋しい感じを巧みに織り込んで詩情があふれる。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
白樺に夏果ての雨走りけり(加藤弥子)
土の匂ひして黍畑に雨至る(進藤龍子)
物焼いて焦がす砂浜夏の果(野村えつ子)
新涼や生きてればこそ死の話(堤 靖子)
溝萩の雨呼ぶ風となりにけり(坪井信子)
逝く夏に海は光を惜しみけり(高久智恵江)
川音にまづは心を帰省かな(岡戸良一)
石畳の黒き人影長崎忌(針谷栄子)
ガード下の焼鳥屋台終戦日(飯田誠子)
夏木立庭より見ゆる奥座敷(工藤綾子)
夕菅や高原駅は靄の中(森永則子)
炎天の電話ボックス埋立地(大野ひろし)
変はる世に変はらぬものや梅漬ける(鶴巻雄風)
麻衣ひと日の皺を増やしたる(山本 潔)
印象句から
一時に熟れし無花果持てあます(福岡弘子)
北軽井沢光の中の青林檎(山崎正子)
稲架組みて声の落ちくる学校田(小泉千代)
書に飽きて故郷遠し鰯雲(中村松歩)
神の池に適ひて白き彼岸花(貝塚光子)
膝折りて門火焚きをり恙の身(安住正子)
今朝の水両手に溢れ白露なる(長澤充子)
流星やはや寝落ちたる猟師町(田 澄夫)
時計台へ風の道あり秋茜(吉崎陽子)
山頂の色づく木々やななかまど(吉田スミ子)
■ 『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■ 舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【25年11月の活動予定】
2日(土)花暦吟行会(浅草界隈)
5日(火)さつき句会(白髭)
7日(木)花暦一木会(調布界隈)
9日(土)若草句会(俳句文学館)
11日(月)花暦バザーと落語会(ギャラリー・バルコ)
12日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
13日(水)連雀句会(三鷹)
16日(土)木場句会(江東区産業会館)
18日(月)花暦例会(俳句文学館)
21日(木)板橋区会(中板橋)
22日(金)天城句会(俳句文学館)
27日(水)花暦すみだ句会(すみだ産業会館)