『花暦』ダイジェスト/平成26年10月号
暦日抄 舘岡沙緻
沼田行
窓外の移りゆく夏山の風
山中の花合歓花眼捉へたる
門前に鬼灯鉢吊り湯浴宿
合掌造りの昼の灯りや冷汁
冷奴にあらず木綿の笊奴
箸さばき老いゆくままに夏料理
湯浴み後の露台に恙の身を臥せて
後部座席に高原キャベツのダンボール
三叉路の信号待ちやねこじやらし
山越えやいきなりの町夏の雲
効きすぎし冷房白磁のジャスミン茶
青萩や肌目こまやかな老い仕事
夏果ての壁カレンダー朱線引き
氷水いくつになつても昭和つ子
入院を明日に八月も果てし
〔Web版特別鑑賞〕俳句は「一人称の文芸」と言われる。「一句の主人公はつねに作者であるといつてよいと思ひます。全くの自然描写の句であつても『われ斯く見たり』としてその句があるわけです」と石田波郷は述べた。主宰の師である岸風三樓も「句の背後には常に己がいなければならない」と指導したという。<窓外の移りゆく夏山の風>は車中から主宰の眼が捉えた風景。「移りゆく夏」で一つの季節の中の微妙な変化を感じ取っている。<山中の花合歓花眼捉へたる>。「花眼」は「かがん」。中国語で老眼の意。4年前、91歳で亡くなった俳人・森澄雄の第2句集(昭和29〜42年)のタイトルとして知られる。森は「人間は生きている時間のうちに 何を見、何を喜び、何を悲しんできたのか、いわば人間の生の時間を見つめようとした」と記した。主宰の花眼は合歓(ねむ)の花の美しさとともに、一体何を見たのだろうか。<冷奴にあらず木綿の笊奴>。眼前に出された豆腐。いわゆる「冷奴」なのだが、メニューにはしゃれて「笊奴」と書いてあったに違いない。「木綿」までしっかり詠み込んでユニークな一句。<氷水いくつになつても昭和つ子>。高度成長期を駆け抜けた世代ならではの思い。コップに氷のぶつかる音が懐かしく聴こえてくる。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
啞蟬のたつとき羽音大きかり(加藤弥子)
算数は不得手や四万六千日(浅野照子)
目瞑れば八ヶ岳の秋風また秋風(池田まさを)
梅雨明けて空一枚となりにけり(野村えつ子)
空蟬の力ぬかずに縋りをり(堤靖子)
蘆原の影も揺らさぬ水の照り(坪井信子)
耳鳴りの一瞬強き我鬼忌かな(高久智恵江)
朝より強弱の雨広島忌(束田央枝)
向日葵や肘張り生きてきし日あり(田崎悦子)
連結車輛色を違へて夏休(森永則子)
日焼してしらがの鬚を通しけり(大野ひろし)
徴兵は真つ平御免飛蝗跳ぶ(山本潔)
今朝秋や糊の効きたる作業服(安住正子)
噴水に主役脇役ありにけり(長野克俊)
印象句から
顎上ぐれば麦藁帽の影もまた(市原久義)
昨日けふ農衣を浸す日向水(鈴木正子)
一周忌納涼船を貸切りに(福岡弘子)
風がきてコスモス原をよろこばす(小西共仔)
塗り箸の先よりにげる冷奴(山室民子)
花笠にたすき踊子跳ねてをり(松成英子)
たまゆらの命惜しめと青胡桃(横山靖子)
炎暑来る埴輪の里の登り窯(鳰川宇多子)
駒下駄の細き足首遠花火(吉田スミ子)
螢に付きまとはれし少女の日(長谷川とみ)
秋日傘照り返し濃き石畳(武田サカヱ)
振り返る長き来し方蕗を炊く(曽根菊江)
■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【26年10月の活動予定】
4日(土)秋冬会(事務所)
7日(火)さつき句会(事務所)
8日(水)連雀句会(事務所)
9日(木)舘花会(事務所)
11日(土)若草句会(俳句文学館)
13日(月)舘花会(事務所)
14日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
18日(土)木場句会(江東区産業会館)
20日(月)花暦例会(俳句文学館)
午前バザー、午後例会
22日(水)花暦すみだ句会(すみだ産業会館)
24日(金)天城句会(俳句文学館)
沼田行
窓外の移りゆく夏山の風
山中の花合歓花眼捉へたる
門前に鬼灯鉢吊り湯浴宿
合掌造りの昼の灯りや冷汁
冷奴にあらず木綿の笊奴
箸さばき老いゆくままに夏料理
湯浴み後の露台に恙の身を臥せて
後部座席に高原キャベツのダンボール
三叉路の信号待ちやねこじやらし
山越えやいきなりの町夏の雲
効きすぎし冷房白磁のジャスミン茶
青萩や肌目こまやかな老い仕事
夏果ての壁カレンダー朱線引き
氷水いくつになつても昭和つ子
入院を明日に八月も果てし
〔Web版特別鑑賞〕俳句は「一人称の文芸」と言われる。「一句の主人公はつねに作者であるといつてよいと思ひます。全くの自然描写の句であつても『われ斯く見たり』としてその句があるわけです」と石田波郷は述べた。主宰の師である岸風三樓も「句の背後には常に己がいなければならない」と指導したという。<窓外の移りゆく夏山の風>は車中から主宰の眼が捉えた風景。「移りゆく夏」で一つの季節の中の微妙な変化を感じ取っている。<山中の花合歓花眼捉へたる>。「花眼」は「かがん」。中国語で老眼の意。4年前、91歳で亡くなった俳人・森澄雄の第2句集(昭和29〜42年)のタイトルとして知られる。森は「人間は生きている時間のうちに 何を見、何を喜び、何を悲しんできたのか、いわば人間の生の時間を見つめようとした」と記した。主宰の花眼は合歓(ねむ)の花の美しさとともに、一体何を見たのだろうか。<冷奴にあらず木綿の笊奴>。眼前に出された豆腐。いわゆる「冷奴」なのだが、メニューにはしゃれて「笊奴」と書いてあったに違いない。「木綿」までしっかり詠み込んでユニークな一句。<氷水いくつになつても昭和つ子>。高度成長期を駆け抜けた世代ならではの思い。コップに氷のぶつかる音が懐かしく聴こえてくる。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
啞蟬のたつとき羽音大きかり(加藤弥子)
算数は不得手や四万六千日(浅野照子)
目瞑れば八ヶ岳の秋風また秋風(池田まさを)
梅雨明けて空一枚となりにけり(野村えつ子)
空蟬の力ぬかずに縋りをり(堤靖子)
蘆原の影も揺らさぬ水の照り(坪井信子)
耳鳴りの一瞬強き我鬼忌かな(高久智恵江)
朝より強弱の雨広島忌(束田央枝)
向日葵や肘張り生きてきし日あり(田崎悦子)
連結車輛色を違へて夏休(森永則子)
日焼してしらがの鬚を通しけり(大野ひろし)
徴兵は真つ平御免飛蝗跳ぶ(山本潔)
今朝秋や糊の効きたる作業服(安住正子)
噴水に主役脇役ありにけり(長野克俊)
印象句から
顎上ぐれば麦藁帽の影もまた(市原久義)
昨日けふ農衣を浸す日向水(鈴木正子)
一周忌納涼船を貸切りに(福岡弘子)
風がきてコスモス原をよろこばす(小西共仔)
塗り箸の先よりにげる冷奴(山室民子)
花笠にたすき踊子跳ねてをり(松成英子)
たまゆらの命惜しめと青胡桃(横山靖子)
炎暑来る埴輪の里の登り窯(鳰川宇多子)
駒下駄の細き足首遠花火(吉田スミ子)
螢に付きまとはれし少女の日(長谷川とみ)
秋日傘照り返し濃き石畳(武田サカヱ)
振り返る長き来し方蕗を炊く(曽根菊江)
■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【26年10月の活動予定】
4日(土)秋冬会(事務所)
7日(火)さつき句会(事務所)
8日(水)連雀句会(事務所)
9日(木)舘花会(事務所)
11日(土)若草句会(俳句文学館)
13日(月)舘花会(事務所)
14日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
18日(土)木場句会(江東区産業会館)
20日(月)花暦例会(俳句文学館)
午前バザー、午後例会
22日(水)花暦すみだ句会(すみだ産業会館)
24日(金)天城句会(俳句文学館)