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『花暦』ダイジェスト/平成27年3月号

暦日抄   舘岡沙緻

ブラインド上げれば雪や病衣替ふ
誰も来ぬ病棟内やお元日
病窓に鳥影走る松の内
餅一つなき病院食の箸茶碗
点滴に縛され三日暮れむとす


〔Web版特別鑑賞〕どんな環境に置かれても俳句を詠まずにはいられない。それが俳人の定めと言うべきだろうか。「いくたびも雪の深さを尋ねけり」。これは、病床にあった正岡子規の有名な一句。雪が降っていると聞いても、外界から隔離されている自分はその上を歩くこともできない。家人や見舞客に雪の深さを尋ねるしかない自分を、客観視したときに成った一句。俳人の心には「詩藻」が根を張っており、それが深ければ深いほど、いかなる状況においても十七音の詩となって溢れてくるに違いない。
 主宰は昨年末に救急搬送され、新年を病院で迎えた。<誰も来ぬ病棟内やお元日>。見舞客も来ない静まり返った病院。ふと考えれば、今日は元旦。「お元日」というかしこまった措辞に俳諧味が感じられるのは、ただならぬ事態を客観的にさらっと言い流したからだろう。<点滴に縛され三日暮れむとす>。「三日」は時間的経過ではなく、一月三日のこと。点滴をしたまま三が日の終わりの日が暮れていく気分を想像してみよう。
 <病室に鳥影走る松の内>。この句も「松の内」という新年の季語と、作者が置かれた状況との対比が効いている。世間や弟子たちはまだ正月気分の中にいるのに、自分は今、一人で病室に居る。天井を見つめ、壁を見つめ、ぼんやりしているときに走った鳥の影。不安な気持ちと一緒に「詩藻」の中に絡め取った。(潔)

舘花集・秋冬集・春夏集抄
枇杷の花雲低ければ匂ひけり(加藤弥子)
年の瀬の掘割重機浚渫す(根本莫生)
皆で掛けむ「ひろし」のベンチちやつきらこ(浅野照子)
元朝の島の出船の銅鑼雄々し(池田まさを)
段畑の日の翳りなき冬菜畑(春川園子)
冬の薔薇赤し窓辺の予約席(岡崎由美子)
電飾の点滅街に寒波来る(中島節子)
厄年をたうに越え来し初詣(向田紀子)
雪吊に一縷の弛び許されず(新井洋子)
山眠る看板のみの森の駅(斎田文子)
寒鴉真青な空を背負ひをり(針谷栄子)
忘れじや冬の凪ぎたるレノンの忌(山本 潔)
ドアノックせずに新年来たまへり(安住正子)
初鏡しわも白髪もいとほしき(吉崎陽子)


■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。

■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。


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〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻

お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
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艸俳句会

Author:艸俳句会
艸俳句会のWeb版句会報。『艸』(季刊誌)は2020年1月創刊。
「艸」は「草」の本字で、草冠の原形です。二本の草が並んで生えている様を示しており、草本植物の総称でもあります。俳句を愛する人には親しみやすい響きを持った言葉です。

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