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『花暦』ダイジェスト 平成27年4月号

暦日抄   舘岡沙緻

雪被く山を遠見に蕎麦処
野水仙伏しても色を失はず
病み貫かむ花枇杷に風籠りゐて
斑雪嶺や正座の出来ぬ膝頭
浅春や句碑に会はまく奥能登に
年ごとの花の堤や壽(いのちなが)
雛の夜のひとりの膳の漆箸


〔Web版特別鑑賞〕俳句を詠む動機とは一体何だろう。十七音の最短詩型で表現できることは余りにも少ない。それでも俳句として書き留めようとするのは、目の前の何かに感動しているからである。富安風生の「街の雨鶯餠がもう出たか」は、春到来の喜びを詠んだ有名な一句。街に細かい春雨が降り出した。ふと見た和菓子屋には鶯餠。「もう出たか」という口語体が感動を見事に示している。こうした感動なしに詩は生まれない。
 感動には喜びもあれば、悲しみもある。心地よさもあれば、息苦しさもある。嬉しさもあれば、寂しさもある。<斑雪嶺や正座の出来ぬ膝頭>。この春、主宰は住居を東京のマンションから埼玉の一軒家に移した。生活環境ががらりと変わり、秩父連峰や上州の山並みを眺める機会が増えた。「斑雪嶺(はだれね)」はまだらに雪が消え残る春の山。感動の発火点は山にあるのだが、長年のマンション暮らしで正座のできなくなった自分の膝頭をさすりながら、老いを巧みに詠んでいる。
 <年ごとの花の堤や壽>。「壽」は「いのちなが」と読む。「花」は桜。長年親しんできた隅田川沿いの土手に咲く桜。ふと見れば、同じ場所の同じ桜であっても、年ごとに全く異なる風情が思い出されたのだろう。主宰は80代も半ばにさしかかろうとしている。長く生きてきたからこそ味わえる感動をしみじみと収めた一句。(潔)

舘花集・秋冬集・春夏集抄
寂しめば葦枯れきつて風に鳴る(加藤弥子)
新春の神事の用意湯の滾る(進藤龍子)
前列の唐子の帯や初芝居(浅野照子)
冬山へ打ち込む秩父太鼓かな(野村えつ子)
雪椿一枝を妻に剪りもして(相澤秋生)
変はりなき朝を愛しみ七日粥(岡崎由美子)
靄籠めの花眼やあれは雪女郎(新井洋子)
雪吊の引つ張る力寄せ合へり(束田央枝)
浴室の己が背にある余寒かな(針谷栄子)
廃屋の日影にも紅寒椿(高橋梅子)
師の句碑は雪の衣を纏ひてか(中村京子)
女正月シネマの椅子の小暗さよ(森永則子)
手袋のままで硬貨を数へけり(大野ひろし)
防潮の土嚢破れて冬の川(市原久義)

■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。

■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。


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〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻

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艸俳句会

Author:艸俳句会
艸俳句会のWeb版句会報。『艸』(季刊誌)は2020年1月創刊。
「艸」は「草」の本字で、草冠の原形です。二本の草が並んで生えている様を示しており、草本植物の総称でもあります。俳句を愛する人には親しみやすい響きを持った言葉です。

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