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『花暦』ダイジェスト/平成28年2月号

暦日抄   舘岡沙緻

移りきて一年たちぬ眠る山
癌病めば食後の眠り冬の家
日に三度持薬の水や冬泉
一つ身に贅を尽せり冬至柚子
冬至柚子七つの薫りたしかむる
日の亡父の湯上り冬至の夜
 義姉九十歳にて逝く
絹の柩冬の浴衣のおごそかに

〔Web版特別鑑賞〕『花暦』は今年4月号を最後に休刊することになった。終刊ではなく休刊である。3月に行われる18周年記念大会は舘岡沙緻主宰の労をねぎらうと同時に、同人や会員一人ひとりにとっては、俳句と向き合うことの意味を、原点に立ち返って考えてみる機会になるかもしれない。
 今月の暦日抄はとつとつと日常の句が並んでいる。<移りきて一年たちぬ眠る山>。主宰は1年程前、体調が悪化して救急車で病院へ運ばれた。その後、回復したが、都内のマンションでの一人暮らしを諦めて、埼玉・本庄の家へ移り住んだ。一人住まいに変わりはないが、気心の知れた弟子が身近にいて食事などの世話をしてくれている。揚げ出し句は眠るように静かな冬の山並みに自らを重ね合わせて詠んだ。
 <癌病めば食後の眠り冬の家>。病を抱えての冬の日常は、どうしても気持ちが沈みがちになるに違いない。「食後の眠り」もどこか寂しい。<日に三度持薬の水や冬泉>は「持薬の水」と「冬泉」の取り合わせが効果的だ。「冬泉」はこんこんと湧き止まぬ寒中の泉。この句では自然の神秘や生命力の象徴として働いている。
 冬至は1年のうちで昼が最も短くなる。この日に柚子湯に入ると風邪を引かないといわれる。冬になって衰える人間の生命力を、植物の力を借りて蘇らせるという考え方が根底にある。<一つ身に贅を尽せり冬至柚子>。「贅を尽くせり」と言うからには柚子は一つや二つではなく、たっぷりと入れたのだろう。<冬至柚子七つの薫りたしかむる>。「冬至柚子」は七つも入っていたのである。<幼ナ日の亡父の湯上り冬至の夜>は子供の頃の思い出。湯上りのお父さんは柚子の香りに包まれていた。(潔)

■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。

『花暦』平成28年2月号速報!

舘花集・秋冬集・春夏集抄

深爪の指たよりなき夜寒かな(加藤弥子)
残照のビルを焦がして冬落暉(高久智恵江)
参道に木の葉時雨の音とありぬ(束田央枝)
錠固き末社の並ぶ神無月(岡戸良一)
立読みの中のひとりや一葉忌(矢野くにこ)
手に触るる物の冷たき朝厨(斎田文子)
雨上がり空の明るき葱畑(長谷川きよ子)
凩や湖にも波の尖りあり(山﨑千代子)
ふつくらと遺影の母や冬林檎(針谷栄子)
白菜の葉と芯と葉と芯と葉と(山本 潔)
隙間風十二神将一人欠け(橘 俳路)
障子貼る独りの夜の灯の親し(田中うめ)
洗濯の妻背伸びする小春かな(中村松歩)
欅枯れ空広々となりにけり(小西共仔)

花暦句会報:木場(平成28年1月23日)

花暦:木場句会(平成28年1月23日 江東区産業会館)

高点句
初雪や出窓に越前竹人形(岡戸良一)
ここにきて生き急ぐなよ竜の玉(堤 靖子)
狐鳴く水なき川の暮れており(野村えつ子)
厄年は疾(と)うに卒業おらが春(浅野照子) 


(寸評)1句目は福井県の若狭を旅した思い出をもとに詠まれた。今年の東京の初雪を見て、とっさに越前竹人形が作者の目に浮かんだという。思い出の中の情景を心の引き出しに残しておけば、俳句の材料になることを教えてくれる。2句目は作者の心情を素直に詠った。「竜の玉」は庭の下草などに植える竜の髯の実。艶やかな瑠璃色で「竜が守っている玉」と言われる。3句目はこの日の席題「狐」で詠んだ句。枯れた川の夕暮れに「狐鳴く」が見事に呼応している。作者は写生の名手。4句目は老いをユーモラスにおおらかに詠んでいる。「おらが春」で一茶にも思いをはせる。<K>

花暦句会報:例会(平成28年1月18日)

花暦:例会(平成28年1月18日 俳句文学館)

高点句
ぬかるみの雪道棒のごと歩む(安住正子)
「今さら」を「今から」にせむ老の春(新井洋子)

(寸評)東京は前の晩から雪が降り、午前中は交通が大混乱。例会に出られた人は少なかった。1句目はまさに雪道を歩きながら、必死に作ったことが伝わってくる。東京は雪に弱く、積もると歩きづらい。棒のように歩く作者の姿が共感を呼んだ。2句目は前向きな心。「今さら」と悔やむよりも「今から」を大事にしたい。「老の春」はこうありたい。<K>

花暦句会報:若草句会(平成28年1月9日)

花暦:若草句会(平成28年1月9日 俳句文学館)

主宰特選
抛られて火の音逸る納め札(坪井信子)
蔵前やトラック荷台の貸布団(岡崎由美子)
冬ざれの暗がりにある御影かな(山本 潔)
泣きたくて泣けぬは哀し寒椿(岡崎由美子)
凍蝶に日輪遠くあるばかり(矢野くにこ)
縁側に軍手残され冬日向(大野ひろし)
寒風や鉄鎖に絡む白き紐(岡崎由美子)
水涸れて水掛不動乾びをり(坪井信子)

『花暦』ダイジェスト/平成28年1月号

暦日抄   舘岡沙緻

冬芝の起伏やさしや辰雄書庫
車椅子の膝に紅葉の降りかかり
冬いよよ万平ホテルの木の匂ひ
夕暮の昏さが好きで冬が好き
いつしかに十一月や眠りぐせ
わが癌に十一月の野水仙
母の忌の冬のあんみつ二つ三つ

〔Web版特別鑑賞〕新しい年が明けた。今年は申(さる)年。猿と言えば「見ざる・聞かざる・言わざる」が思い浮かぶ。日光東照宮の三猿像は世界的にも有名だ。一方、昨年の「花暦」の吟行でも行った秩父神社では「お元気三猿」の彫り物が親しまれている。「よく見て、よく聞き、よく話そう」という仕草に愛嬌がある。通常の三猿と意味合いは正反対だが、俳句にはこの「お元気三猿」がぴったりだと思う。「よく見て」は写生そのもの、「よく聞き」は心の声に耳を傾けること、「よく話そう」は語り合う(鑑賞する)こと。そう考えると合点が行く。
 <夕暮の昏さが好きで冬が好き>。冬の夕暮れを見ているのだが、「お元気三猿」で言えば、「よく聞き」の句だろうか。主宰は80代半ばになり、人生の冬を感じている。それをあえて「好き」だという。現代風に言うなら「ポジティブ(前向き)」。自問自答して聞こえた心の声を捉えて一句に仕立てた。
 <冬芝の起伏やさしや辰雄書庫>は軽井沢の堀辰雄文学記念館。辰雄の終の住まいや、死の10日前に完成した書庫が展示されている。<車椅子の膝に紅葉の降りかかり><冬いよよ万平ホテルの木の匂ひ>と併せ、冬に向かう軽井沢の吟行句。「よく見て」詠う主宰の作句スタイルは健在だ。
 <母の忌の冬のあんみつ二つ三つ>。俳句は鑑賞されることによって完成する。この句は「冬のあんみつ」が議論の的になりそうだ。「あんみつ」は夏の季語。これを「冬のあんみつ」と表現したところに、この句の眼目がある。ガチガチの伝統俳句派には「冬のあんみつ」を受け入れられない人がいるかもしれない。しかし、あんみつ好きだった母親を偲ぶ句としては外せないと思う。(潔)

舘花集・秋冬集・春夏集抄
木枯一号陳列棚に猫のゐて(岡崎由美子)
霜降や高階に棲む籠の鳥(中島節子)
秋惜しむ前に後に水の声(堤 靖子)
ブックカバーは松阪木綿火恋し(向田紀子)
手に掬ふ水のかたちや秋澄める(新井洋子)
虫の声絶えて水音風の音(坪井信子)
独眼竜の像に北吹く奥州路(高橋梅子)
九条葱たつぷり入れて古都気分(中村京子)
秋収め畔に煤けし一斗缶(森永則子)
瀬戸内の音なき島の星月夜(大野ひろし)
鳴けるだけ鳴いて幹替ふ法師蝉(田 澄夫)
ひめつばき奥へ誘ふ長屋門(松川和子)
体育の日犬とウォーク猫とヨガ(市原久義)
強き腕頼りて下りし紅葉谷(福岡弘子)

■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。

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艸俳句会

Author:艸俳句会
艸俳句会のWeb版句会報。『艸』(季刊誌)は2020年1月創刊。
「艸」は「草」の本字で、草冠の原形です。二本の草が並んで生えている様を示しており、草本植物の総称でもあります。俳句を愛する人には親しみやすい響きを持った言葉です。

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