東陽句会(江東区産業会館)
席題「赤」「勤労感謝の日」
高点5句
悟りきる姿となりて枯蓮 野村えつ子
裸灯を揺らして下ろす大熊手 野村えつ子
緋の色の舞妓の蹴出し小春空 長澤 充子
山茶花の昨日の色を掃きにけり 安住 正子
しりとりでバス待つ父と子に小春 沢渡 梢
初霜や産みたて卵手にぬくき 安住 正子
赤帯の老師の眼冬稽古 岡戸 良一
仔犬の耳紅く透けをり小六月 浅野 照子
温湿布目蓋に勤労感謝の日 沢渡 梢
冬の日を撥ね谷川の万華鏡 新井 洋子
心地好き声耳元に帰り花 長澤 充子
芭蕉忌やはちきれさうな旅鞄 野村えつ子
絵手紙を描き勤労感謝の日 山本 潔
(清記順)
一口鑑賞「緋の色の舞妓の蹴出し小春空」〜充子さんの句。作者は最近、京都旅行をしてきた。席題「赤」で咄嗟に舞妓さんの姿を思い浮かべたのだろう。「蹴出し」は、着物の裾を上げて歩くとき腰巻が露わになるのを避けるために重ね着る。小春空の下、舞妓さんが橋を渡る姿を目に浮かべてみよう。緋色の「蹴出し」にリアリズムがにじみ出ている。「温湿布目蓋に勤労感謝の日」〜梢さんの句。あと半年も経たないうちに平成の世が終わる。現代における労働の変化を考えたときに、これほど目を酷使する時代はかつてなかったのではないか。パソコンやスマートフォンの普及で我々は目を酷使している。今日において「勤労感謝」とは、突き詰めれば目を労わることに他ならない。揚出句の「温湿布目蓋に」は、まさにそんな一面を言い当てている。次の時代もこの流れは変わりそうにないが…。(潔)
若草句会(俳句文学館)
兼題「花八手」、席題「温」
高点5句
いい人の顔していつも温め酒 山本 潔
鮟鱇のすべてを愛でて吊るし切る 神戸 康夫
いく重にも竿ふやしつつ柿つるす 石田 政江
蹲踞の水音和らぐ石蕗日和 新井 洋子
丸刈りの男の子集まれ花八手 坪井 信子
とろろ汁山ひとつづつ暮れてゆき 加藤 弥子
ビル壁は冬夕焼のスクリーン 坪井 信子
出で立ちのいつもスマート焼秋刀魚 神戸 康夫
白薔薇に仄かな紅や冬温し 岡戸 良一
みちのくの空は今年も柿たわわ 廣田 健二
温泉に猿の親子や雪催 新井 洋子
母恋し古里恋しおけさ柿 石田 政江
霜月の小便小僧に朝が来る 森永 則子
居酒屋の暖簾めくれて神無月 山本 潔
通りまで屋台賑ふ三の酉 沢渡 梢
柵固き魚市場跡花八ツ手 飯田 誠子
裏庭に井戸ある記憶花八手 針谷 栄子
(清記順)
一口鑑賞「鮟鱇のすべてを愛でて吊るし切る」〜康夫さんの句。ご存じ、鮟鱇は深海魚。頭が大きく押しつぶされたような形をしており、口が広い。身が柔らかく、俎板でさばくのは難しい。調理の際は鉤に口を掛けて吊るし切りにする。尾鰭、肝、胃、卵巣、皮、えら、身のどれも鍋にすると美味しい。作者は「鮟鱇のすべてを愛でて」と言うことにより、この独特の生き物への敬意を表している。吊るし切りを詠んだ句といえば加藤楸邨の「鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる」がすぐ頭に浮かぶ。「いく重にも竿ふやしつつ柿つるす」〜政江さんの句。自ら吊し柿を作っている。渋柿の蔕を残して皮をむき、縄に吊して干していく。なかなか根気のいる作業だ。それでも「いく重にも竿ふやしつつ」という措辞に作り手の喜びが感じられる。柿もたくさん獲れたのだろう。軒下に干柿が連なる景は風情がある。むいた皮も干して糠床に混ぜれば、漬物がほのかに甘くなるという。(潔)
連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「冬隣」
高点2句
ひとり住む寧けさ重さ冬に入る 加藤 弥子
平成の空しみじみと今朝の冬 坪井 信子
木曽馬の牧閉める日や空青し 松成 英子
有り無しの浦風を身に花すすき 中島 節子
新宿に狐の嫁入り冬近し 向田 紀子
漆黒の湖へ誘ふ月の道 横山 靖子
五ケ月の胎児のすがた月清し 進藤 龍子
よろず屋の地下足袋売れし文化の日 坪井 信子
ひらひらひら影のひらひら秋の蝶 田村 君枝
銀座路地裏消えゆく人や冬隣 飯田 誠子
納豆の滋養を信じ半世紀 束田 央枝
保育士のピアノの稽古文化の日 春川 園子
リビングの奥へ日の差す冬隣 田崎 悦子
寺町に古き糀屋冬隣 加藤 弥子
(清記順)
一口鑑賞「平成の空しみじみと今朝の冬」〜信子さんの句。「今朝の冬」は立冬の傍題。今年はいつもの冬の始まりとは違う。来年4月30日に天皇陛下が退位し、翌5月1日に皇太子さまが即位する。作者は立冬の朝の空をしみじみと眺めながら、平成最後の冬の始まりに感慨を抱いている。平成は決して明るい時代ではなかった。長引くデフレ経済、相次ぐ自然災害、原発事故。不安と緊張のつきまとう立冬の空が平成という時代のイメージにはぴったりかもしれない。「五ケ月の胎児のすがた月清し」〜龍子さんの句。身内のおめでたが近づいている。今では胎児の画像を見ることは容易になった。それはまるで月のような画像だったのかもしれない。この句は「月清し」が利いている。作者は9月の句会で「秋うらら嬰授かりし報せ受く」も詠んでいる。ところで、赤ちゃんは平成の最後、新しい時代のどちらに誕生するのかな。(潔)
谷津バラ園、谷津干潟吟行(句会場:「日本海庄や」船橋南口店)
高点2句
秋澄むや陰影もたぬ裸婦の像 森永 則子
秋風や鳥に嫌はる杭ひとつ 岡崎由美子
大鉢のベルサイユの薔薇枯れ果つる 沢渡 梢
塩害の樹々の合間を秋の蝶 山本 潔
日輪へ光を返す残り鷺 針谷 栄子
立ち尽くす鷺晩秋の潮満ち来 森永 則子
晩秋の水面に映る鷺の影 廣田 健二
文化の日新種の薔薇の香の強く 岡戸 良一
白昼の翅の重たき秋の蝶 岡崎由美子
(清記順)
【吟行報告】秋晴れとなった文化の日。お昼前に京成線谷津駅に集合。幹事さんが人気店の串団子を購入し、商店街を抜けて谷津バラ園へ。10月の台風24号による塩害で、バラ園前の銀杏は無惨にも海側の葉が枯れていた。「塩害の樹々の合間を秋の蝶」(潔)。季節は秋と冬の境目。「大鉢のベルサイユの薔薇枯れ果つる」(梢)、「文化の日新種の薔薇の香の強く」(良一)。薔薇は夏の季語だが、今の季感を大事に、工夫しながら詠む。「秋澄むや陰影もたぬ裸婦の像」(則子)は園内の白い塑造を観察して詠んだ一句。「陰影もたぬ」という把握がお見事。干潟では白鷺や青鷺、鴫、鴨たちが羽を休めている。我々もお団子をいただいて一休み。それぞれの目に映る様子を言葉にしていく。「日輪へ光を返す残り鷺」(栄子)、「立ち尽くす鷺晩秋の潮満ち来」(則子)、「晩秋の水面に映る鷺の影」(健二)。鳥を詠む句が多くなる中、異彩を放ったのは次の一句。「秋風や鳥に嫌はる杭ひとつ」(由美子)。鳥ではなく、杭に焦点を当てた。季語の斡旋も絶妙。「白昼の翅の重たき秋の蝶」(由美子)も同じ作者。遊歩道の垣根の上に羽を広げていた大きな黒揚羽が、重そうに舞い上がったのを見逃さなかった。(潔)