すみだ句会(すみだ産業会館)
高点2句
短日の交番の灯に老いの背ナ 岡崎由美子
茶を燻す香炉を卓に一茶の忌 岡戸 良一
大根煮る優しい妻の振りをして 岡崎由美子
電飾の伽の園に着ぶくれて 貝塚 光子
老い猫に問わず語りの日向ぼこ 長澤 充子
悴める手が悴める手をさする 工藤 綾子
年の瀬に追われ追われて動く足 大浦 弘子
塩害の参道杉の冬ざるる 桑原さかえ
義賊の墓銀杏落葉の中にあり 高橋 郁子
忘年の唄は昭和をかけ巡る 岡戸 良一
やはらかき人波にゐてクリスマス 加藤 弥子
(清記順)
一口鑑賞「やはらかき人波にゐてクリスマス」~弥子さんの句。イルミネーションに彩られ、ジングルベルが流れているような場所だろうか。歳末のせわしない人混みとは異なり、人々はゆっくり歩いている。家族や友人、ひいては世界の平安を祈りながら…。それを作者の感性は「やはらかき人波」と叙したのである。クリスマスは、こうした異空間を作り出す魅力に満ちあふれている。メリー・クリスマス!
「義賊の墓銀杏落葉の中にあり」〜郁子さんの句。「義賊」と言えば石川五右衛門や鼠小僧、裏宿七兵衛などが有名だ。もちろん無名でもいい。格差が拡大する世知辛い世の中にあって、銀杏落葉に染まる義賊の墓は心に迫るものがある。クリスマスとは対照的なシーンを捉えた一句。(潔)
東陽句会(江東区産業会館)
席題「極月」「響」
高点5句
叶ふなら上手く逝きたし冬安吾 沢渡 梢
電車待つ数分間の日向ぼこ 山本 潔
終活を心の隅に年用意 岡戸 良一
煮凝りとなるも透明なる余生 浅野 照子
着ぶくれて沖縄の苦を眺む俺 松本ゆうき
聖堂に響く讃美歌室の花 沢渡 梢
響くほど鼻すすりけり冬の朝 松本ゆうき
思ひ出は両手に余り返り花 堤 靖子
心身を恃む晩年冬至風呂 岡戸 良一
良く通る声の保母さん鵙日和 斎田 文子
タクシーの尾灯遠のく宵時雨 長澤 充子
クリスマスやつぱり東京タワーが好き 山本 潔
雪山をあとに列車の高響き 浅野 照子
伐採の音響きたる枯木山 安住 正子
麦の芽に湖の光や地の力 貝塚 光子
長葱さげてマーチの響く駅に立つ 飯田 誠子
(清記順)
一口鑑賞「煮凝りとなるも透明なる余生」〜照子さんの句。「煮凝り」が冬の季語。カレイ、ヒラメ、アンコウなどゼラチン質の多い魚などを煮て、煮汁ごとゼリー状に固めた料理。半透明なプルプルとした物体の中に素材の旨味がぎゅっと詰まっている。この句は、自分自身をそんな煮凝りに見立てたところが何ともユニークだ。「煮凝りになったけれど、透明で偽りのない余生を送っていることだなあ」。作者の達観した心境が羨ましい。「長葱さげてマーチの響く駅に立つ」〜誠子さんの句。買い物袋からはみ出している長葱に生活感が溢れる一方で、マーチの響く駅という場面設定によって、どことなく非日常的なシーンが思い浮かぶ。ただ、長葱を提げているだけなのにえも言われぬおかしみが感じられる。席題「響」で詠まれた不思議な味わいのある一句。(潔)
若草句会(俳句文学館)
兼題「秩父夜祭」、席題「枯」
高点3句
みそ汁に残る貝砂開戦日 針谷 栄子
水鳥の眠りの深きレノンの忌 山本 潔
秩父夜祭太古の海の怒涛音 岡戸 良一
空つ風農家の庭に干す達磨 岡戸 良一
猪汁の露店に匂ふ秩父かな 新井 洋子
ふるさとに常の顔あり秩父夜祭 山本 潔
赫々と夕日太れる枯れ蓮田 加藤 弥子
火を上げよ兜太の山河秩父祭 針谷 栄子
猫三度パン盗みゆく漱石忌 松本ゆうき
後悔も欲も失せしよ枯芙蓉 坪井 信子
干芋の側とほるたびつまみ食ひ 石田 政江
黄落や亡父似の人を振り返り 飯田 誠子
ゆるゆると五体ほどける日向ぼこ 沢渡 梢
(清記順)
一口鑑賞「みそ汁に残る貝砂開戦日」〜栄子さんの句。昭和16年12月8日は太平洋戦争開戦の日。日本の不幸な歴史が始まった日として多くの人々の心に刻まれている。しかし、戦後73年が過ぎて「開戦日」がピンとこない若者も少なくないという。この句は「みそ汁に残る貝砂」が口に入ったときのジョリジョリとした何とも嫌な感じと「開戦日」を取り合わせたところが絶妙だ。決して忘れてはならない日を詠んで伝えることができるのも、俳句という最短詩型の優れたところ。「秩父夜祭太古の海の怒涛音」〜良一さんの句。夜祭見物には一度も行かれたことはないというが、太古の昔は海の底にあった秩父の歴史を踏まえてまとめた一句。サンゴ礁に覆われた海底の山が隆起して現れたのが武甲山であり、秩父の象徴でもある。夜祭は養蚕が盛んだった頃の織物市に由来し、武甲山信仰などと結び付いて300年以上の伝統を誇る。12月3日夜、6基の山車が勇壮な屋台囃子を奏しながら、順番に最大傾斜角25度の団子坂を登るシーンは圧巻。それはまさに「太古の海の怒涛音」と言っていい。(潔)
連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「鍋」
高点2句
豆腐屋の笊のあめ色十二月 加藤 弥子
寄鍋や独り身とほす娘来て 中島 節子
昼点す園の茶室や返り花 中島 節子
焼芋の英字新聞拾い読み 飯田 誠子
白鳥の飛来安堵と文とどく 横山 靖子
愛されて雪吊といふ枷の中 加藤 弥子
しのび寄る老いを諾ふ冬桜 春川 園子
この道は亡夫と歩みし帰り花 束田 央枝
冬桜ブロック塀を楯にして 田村 君枝
手仕事の畳屋いまも冬ぬくし 松成 英子
寄鍋や夫も故郷なく恙なく 向田 紀子
大方は地に裏返り朴落葉 田崎 悦子
目も耳も歯も衰へて冬のヨガ 進藤 龍子
牛鍋を囲む目と目と目と箸と 坪井 信子
(清記順)
一口鑑賞「寄鍋や独り身とほす娘来て」〜節子さんの句。久しぶりに帰ってきた娘さんと寄鍋を囲んでいる。世間話をしたり、仕事の話を聞いたり、楽しい家族団欒のひとときである。しかし、母親としては娘さんが独身でいるのが気になって仕方がないのだろう。もはや「誰かいい人は?」などとは聞かないが、娘さんの幸せを願う親心はいくつになって変わらない。今、その中心にあるのが寄鍋なのである。「大方は地に裏返り朴落葉」〜悦子さんの句。朴はモクレン科の高木。葉は大きな楕円型で、長さは30センチ以上もある。存在感があるから、見ればすぐに分かる。作者は朴落葉を観察し、その大方は裏返っていると感じたのである。葉の表が薄茶色なのに対し、裏側は銀色を帯びている。裏返っている方が目立つから、そう感じたのかもしれない。写生を大事にしていることがうかがえる一句。(潔)
すみだ句会(すみだ産業会館)
高点3句
旅の駅出づれば湖国冬の虹 貝塚 光子
武蔵野の雑貨屋通り冬ぬくし 岡崎由美子
茶の花や文士旧居の広き縁 岡戸 良一
冬晴や池面に映る天守閣 貝塚 光子
木枯しに舞ふ銀杏葉の床運動 大浦 弘子
風邪ひきて心細さの粥すする 桑原さかえ
バス停へ歩幅小さくなりて冬 岡崎由美子
綿虫やふつと昔の子守歌 加藤 弥子
大熊手上野駅舎に掲げらる 長澤 充子
鰰や雲とつながる能登の海 岡田須賀子
洗濯挟み音立て割れる寒の入り 工藤 綾子
甲斐の日を余さず抱く柿すだれ 高橋 郁子
散りしきる木の葉仄かに香る径 岡戸 良一
(清記順)
一口鑑賞「茶の花や文士旧居の広き縁」〜良一さんの句。記念館として公開されているような文豪の旧居を訪れたのだろう。よく手入れされた庭には茶の木が小さな白い花をつけている。それだけでも穏やかな冬日和の景が目に浮かぶのだが、作者はさらに縁側に心を留めた。その広さがそのまま作家の人柄や作品の奥深さに重なり合ったのかもしれない。静かな味わいを感じさせる一句。「洗濯挟み音立て割れる寒の入り」〜綾子さんの句。洗濯挟みはほとんどプラスチック製だ。ベランダの物干しで風雨にさらされたり、日差しを受けたりしているうちに劣化し、ある日突然、パキンと割れてしまう。寒いときの方が割れやすいと思うのは気のせいだろうか。「寒の入り」が効いている。日常の中のささやかな出来事を巧みに詠んだ。「木枯しに舞ふ銀杏葉の床運動」〜弘子さんは初参加。「床運動」は体操競技の一つ。作者は木枯らしに吹かれて舞う銀杏の葉がまるで体操選手のようだと見て取った。ユニークな捉え方を素直に表現した。床をはみ出す葉も多かったのでは…。(潔)