すみだ句会(すみだ産業会館)
高点2句
たんぽぽや何を訊いても頷く子 岡崎由美子
蘖や鉄扉重たき旧校舎 加藤 弥子
晩学の径に迷へり亀鳴けり 岡戸 良一
春愁の顔閉じ込めるコンパクト 加藤 弥子
いざやいざ蕾一斉花準備 大浦 弘子
大内の若葉の風に雅楽の音 高橋 郁子
草餅や記憶異なる姉妹 貝塚 光子
人とゐて一人の刻の桜かな 工藤 綾子
朧夜の庵の小窓灯りけり 長澤 充子
春愁や耳朶に馴染まぬイヤリング 岡崎由美子
(清記順)
一口鑑賞「春愁の顔閉じ込めるコンパクト」〜弥子さんの句。「春愁」は春の物憂い気分。秋の「秋思」が思索的な深さを伴うのに対し、春ならではの甘美な気だるさといった感覚だろうか。この句がユニークなのは「春愁の顔」を「コンパクト」に閉じ込めるという発想だ。そうすることによって春の哀感を潔く断ち切ったのである。「秋思」ではこうはゆくまい。季語への理解があってこその一句。「春愁や耳朶に馴染まぬイヤリング」〜由美子さんの句も季語は動かない。弥子さんの句と異なる点は、「春愁」を身体感覚で捉えているところだろう。春という生命感あふれる季節に、わけもなく感じる物悲しさ。これを耳朶を通じて表現したのである。金属製の小さく軽いイヤリングが馴染まないという繊細な感覚が面白い。(潔)
東陽句会(江東区産業会館)
席題「朧」「線」
高点3句
単線の電車来ぬ間の恋雀 岡崎由美子
街朧かつて名画座ありし角 野村えつ子
銀河鉄道一直線につばくらめ 浅野 照子
わが夢の遠ざかりゆく朧かな 岡戸 良一
園おぼろ岩に顎乗せ河馬睡る 新井 洋子
朧月「徂徠」「去来」は同じ意味 松本ゆうき
桜咲く小さき山にも神在す 野村えつ子
ガキ大将たりし友逝き春の星 岡崎由美子
明治座のはねて大川夕おぼろ 安住 正子
ひこばえや大空襲の語り部に 浅野 照子
沈丁の香の路地近く救急車 堤 靖子
ひとところ紅のはなやぐ初桜 飯田 誠子
曲がり切る都電の線路桜山 長澤 充子
子の家族見送る街の夕朧 斎田 文子
蛇口換える夫の奮闘うららけし 貝塚 光子
三味線の外す一音鳥雲に 山本 潔
(清記順)
一口鑑賞「単線の電車来ぬ間の恋雀」〜由美子さんの句。席題「線」で詠まれた句だが、旅先での一コマを巧みに描いている。ローカル線の電車を待つ作者の前に現れた雀たち。雄が雌を追いかけるようにやってきたのだろう。春から初夏にかけて鳥は繁殖期を迎える。雄は雌の気を引こうとさまざまな仕種をする。それをじっと観察している作者の表情も含め、何とも微笑ましい光景だ。上五と中七で脚韻を踏み、言葉がリズミカルに流れた先に登場する「恋雀」に詩情が溢れる。「沈丁の香の路地近く救急車」〜靖子さんの句。沈丁花の香る路地。ふだんはのどかなはずの下町の空間に、救急車が来ているのである。作者の胸にちょっとした緊張が走る。決して珍しいことではないが、赤いランプや担架を運ぶ救急隊員の動きまで見えてくるようだ。沈丁の甘く強い香りに対し、非日常的な救急車をぶつけたことにより、読み手の想像力を掻き立てる。(潔)
若草句会(俳句文学館)
兼題「初蝶」、席題「道」
高点3句
恐竜の季語ならば春浅きころ 坪井 信子
初蝶をあやつる糸のあるやうな 加藤 弥子
山や晴雪形の馬跳ねんとす 安住 正子
ベルト一つゆるめて歩く春の宵 松本ゆうき
初蝶やカタカタと児のランドセル 沢渡 梢
初蝶の舞ひ込む路面電車かな 山本 潔
鳥騒ぐわが庭先や春疾風 石田 政江
初蝶や第二志望に受かりし子 新井 洋子
プランターのざわめき始め初蝶来 安住 正子
初蝶の現世ひと日の汚れかな 針谷 栄子
ミモザ咲く庭に双子のベビーカー 廣田 健二
薔薇芽吹く人に疲れて人恋ひて 加藤 弥子
初蝶の翅やすませる扇塚 坪井 信子
願はくは春満月を天窓に 岡戸 良一
初蝶の薄絹ほどの重さかな 飯田 誠子
(清記順)
一口鑑賞「恐竜の季語ならば春浅きころ」〜信子さんの句。「もしも『恐竜』という季語があったならば、浅春のころであってほしいものだ」。句意はこんなところだろうか。作者は大の恐竜好き。恐竜展や博物館にはせっせと足を運ぶらしい。恐竜のことを考え始めると、あれこれ想像が膨らむのだろう。「一度でいいから恐竜の句を詠んでみたかった」とは作者の弁だが、これからもどんどん挑戦してほしい。「山や晴雪形の馬跳ねんとす」〜正子さんの句。山腹の消え残った雪によってできた馬が、今まさに跳ねようとしているのである。「雪形」が春の季語。作者の故郷は能登半島。「山や晴」は春になってようやく晴れた北アルプスの雄大な景を思わせる。跳ね馬は北アルプスの笠ケ岳、白馬岳、上越の妙高山などが有名だ。福島の吾妻山には「雪うさぎ」が現れる。いずれも農作業開始の目安となる。(潔)
連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「桃の花」
高点3句
母在ればこそのふるさと桃の花 中島 節子
花桃やいい子いい子と嬰あやす 加藤 弥子
啓蟄や昭和レトロのトースター 松成 英子
進藤龍子様見舞
術後良き友の笑顔よ春セーター 加藤 弥子
吾の為と亡夫植えし梅咲きあふれ 束田 央枝
いよよ娘も老眼鏡や桃の花 春川 園子
また一つ消ゆる町屋や臥竜梅 飯田 誠子
一筆の眼(まなこ)に命こけし雛 田崎 悦子
八十路などまだ青春よ花菜風 横山 靖子
万蕾のほぐるる兆し梅の郷 矢野くにこ
癖つ毛の名残りを束ね雛の前 向田 紀子
炉の名残り石段ぬらす細き雨 松成 英子
中年の男来てゐる雛の店 中島 節子
耳掻きのこけし退屈桃の花 坪井 信子
(清記順)
一口鑑賞「八十路などまだ青春よ花菜風」~靖子さんの句。菜の花が一面に咲いている光景は何とも心地が良いものだ。目の前に広がる黄と緑の明るい色はいかにも早春らしい。そよ風も吹いて「八十歳なんてまだ青春のうちよ」と言葉が口を衝いて出たのだろう。中七の「まだ青春よ」が何とも潔い。「菜の花の昼はたのしき事多し」は長谷川かな女の句。古来、菜の花は自生しており、江戸時代には菜種油の灯明が広まった。現在はほとんど西洋種に取って変わられたという。「癖つ毛の名残りを束ね雛の前」〜紀子さんの句。髪を束ねて雛の前に座っているのは作者自身だろう。かつては癖毛だったのが、年を重ねるうちに変化したのである。若かりし頃を回想しながら、髪の毛のことにふと思い至ったのかもしれない。「雛の前」という詠み方が巧みだ。そこには時空を超えてさまざまな「わたし」がいる。(潔)
すみだ句会(すみだ産業会館)
高点4句
和三盆舌にとけゆく雨水かな 貝塚 光子
水辺りの杭のちぐはぐ鳥の恋 加藤 弥子
些かの愁ひ残して二月尽 岡戸 良一
膝に抱く老猫恋を知らぬまま 長澤 充子
古民家の座敷いつぱい吊し雛 長澤 充子
椿落つる音のかすかや人恋し 加藤 弥子
春寒や鏝絵の白狐眼の険し 岡戸 良一
すれちがふ舞妓の簪春を告ぐ 大浦 弘子
野球場にひびく喚声春夕焼 桑原さかえ
梅咲くや晩学の座の一人欠け 工藤 綾子
古草や川辺に国威宣揚碑 岡崎由美子
宵明り白梅うるむ切通し 貝塚 光子
鱗片を脱ぎし辛夷をほどく風 高橋 郁子
(清記順)
一口鑑賞「些かの愁ひ残して二月尽」~良一さんの句。何となく1月は長く感じられたのに、2月はあっという間に過ぎてしまう。もちろん日数が少ないこともあるが、年度末を控えて慌しさが増してくるからだろうか。月初めに立春があり、まだ寒さは厳しい中にも、木の芽が吹き、梅が咲き、日も長くなり、街並みも徐々に春めいてくる。本来なら「二月尽」という季語には少しほっとした気分が込められているのだが、この句には「何だか心が晴れないまま2月が終わったなあ」という、ちょっと不安な感じが漂っている。「野球場にひびく喚声春夕焼」〜さかえさんの句。ナイターシーズンにはまだ早いが、春の夕暮れ時の野球場に歓声が響いたのである。寒さが和らぎ、「春夕焼」には少しホッとしたような柔らかさが感じられる。(潔)