東陽句会(江東区産業会館)
席題「片蔭」「石」
高点3句
日輪の溺るるほどに田水張る 野村えつ子
腰下ろす磐石を得る片かげり 野村えつ子
ゴムホースの塒をといて夏の芝 堤 靖子
対向の人とぶつかる片陰り 斎田 文子
緋牡丹に疲れたる目に白牡丹 新井 洋子
老鶯の長啼く谷の深さかな 長澤 充子
片陰や捨鶏鬨の声挙ぐる 安住 正子
遠き日の鄙の通ひ路麦の秋 岡戸 良一
肩胛骨ぐるりと回す初夏となる 貝塚 光子
焼け石に水の話や蕎麦焼酎 山本 潔
戯れに石積む川原半夏生 岡崎由美子
支へ合ふ二人の暮し冷蔵庫 野村えつ子
蟻走るシルクロードの狼煙台 浅野 照子
かたつむり急ぐことなき老いの日々 堤 靖子
観覧車港も煙る薔薇の雨 飯田 誠子
(清記順)
一口鑑賞「腰下ろす磐石を得る片かげり」〜えつ子さんの句。席題「片蔭」「石」の両方を詠み込んだ。磐石というからには、しっかりとした大きな石がそこにあるはずだ。触ればひんやりとしている。炎天下にあっても片蔭は道行く人の憩いの場となる。都会では庭園でもこんな石のある場所を見つけるのはなかなか難しい。山歩きの好きな作者には、自然の中に思い当たる格好の片蔭があるのだろう。「腰下ろす磐石」「磐石を得る」という把握がお見事!「支へ合ふ二人の暮し冷蔵庫」〜これもえつ子さんの句。さりげない詠みっぷりの中に、仲睦まじい夫婦の姿が思い浮かぶ。食生活の中心にある冷蔵庫を媒介として、二人の会話も聞こえてきそうだ。(潔)
すみだ句会(すみだ産業会館)
席題「船」「橋」
高点3句
不器用に生きし人生古茶新茶 高橋 郁子
にぎやかに渡船着きけり行々子 加藤 弥子
朝靄に沈む湿原閑古鳥 貝塚 光子
贈るのも贈らるもなき母の日来 桑原さかえ
衣更へてよりの雨の日くもりの日 加藤 弥子
麦秋や石鹸の香の作業服 岡崎由美子
建仁寺垣めぐらす園や夏落葉 高橋 郁子
青葉冷え座布団の待つ無人駅 大浦 弘子
海峡大橋逆巻き荒ぶ夏の潮 長澤 充子
たらい船出払ふ佐渡の夏の海 工藤 綾子
緑風や令和ことほぐ馬車の音 貝塚 光子
青葉潮使命終へたる遠洋船 岡戸 良一
(清記順)
一口鑑賞「青葉潮使命終へたる遠洋船」〜良一さんの句。日本列島の南岸を流れる暖流が黒潮。特に五月頃には、鹿児島の南から日向沖、土佐沖、伊豆沖を経て房総沖を北上する。漁師たちはいつしかこの流れを「青葉潮」と呼んだ。カツオはこれにのって北上する。潮の勢いが強く、北海道釧路沖まで到達するときは豊作になると言われる。この句は、遠洋船と青葉潮の取り合わせ。もはや役割を終えて引退する漁船を「使命終へたる」とさらりと叙したところが巧みだ。「青葉潮」の語感の瑞々しさとの対比で、そこはかとない寂しさが引き立つ。作者ならではの詩情が漂う一句。(潔)
連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「窓」
高点5句
ピアノ教室窓をふたえに棕櫚の花 加藤 弥子
短夜のひとりの生へ窓白む 安住 正子
浅草が揺れ神田が揺るる祭笛 安住 正子
夕薄暑かつて豆腐屋呼びし窓 岡崎由美子
花水木伊予に白寿の母祝ふ 中島 節子
冷奴何もせぬまま日の暮れて 岡崎由美子
上州の山を背ラに麦青し 田崎 悦子
母の日や子のきて磨く窓硝子 加藤 弥子
柿若葉八十路の胸を張りにけり 春川 園子
女客多きデパート夏来る 中島 節子
草の香の下に水音青葉闇 坪井 信子
夏きざす高窓の月ほの赤き 飯田 誠子
池の面の光を切りて蛇渡る 松成 英子
碑に眠る学徒らの名や薔薇赤し 矢野くにこ
新緑や方丈の窓開けられて 進藤 龍子
昇降機の小窓越しなる青嵐 向田 紀子
青嵐の虜となれり大欅 束田 央枝
ありがとうおかげさまです八十路首夏 横山 靖子
一と風に千の藤房応へけり 安住 正子
(清記順)
一口鑑賞「夕薄暑かつて豆腐屋呼びし窓」〜由美子さんの句。昭和の頃の懐かしい光景である。夕暮れ時、豆腐屋が自転車でラッパを吹きながらやってくる。その音は「トーフー」と聞こえた。家の前を少し通り過ぎるくらいのタイミングで窓を開け、「お豆腐屋さ〜ん」と呼ぶと、待ってましたとばかりに止まる自転車…。作者は、今もある一つの窓を見てこんな記憶を呼び覚ましたのだろう。豆腐屋は1年中、売りに来ていたのかもしれないが、初夏の夕暮れが最も合う。「池の面の光を切りて蛇渡る」〜英子さんの句。夜の池だろうか。街灯の光か、あるいは月の光が映っている水面を蛇が横切ったのである。見ていた作者もハッとしたに違いない。「光を切りて」はまさに実感だろう。俳句では、眼前の一瞬の景を見逃さないことが大事だ。(潔)
若草句会(俳句文学館)
兼題「筍」、席題「由」
高点3句
竹の子をざつくばらんに煮てひとり 山本 潔
筍を抱く獣の仔のやうに 市原 久義
おいしいおすえとたかんなのつぶやいて 坪井 信子
江戸からの由来ある坂花は葉に 沢渡 梢
傘雨忌や工事長引く神田川 岡戸 良一
雨上がり今朝は令和の新樹光 市原 久義
紫を解いて葡萄の芽吹きけり 石田 政江
黒南風や鴉が襲ふ由比ヶ浜 山本 潔
なによりの友の笑顔や若葉風 加藤 弥子
今年竹一本立ちに手を出さず 飯田 誠子
これやこの筍御膳頂きぬ 廣田 健二
カーネーション嫁との距離のあと一歩 新井 洋子
河童らの好きな夏場所来たりけり 坪井 信子
(清記順)
一口鑑賞「筍を抱く獣の仔のやうに」〜久義さんの句。筍は初夏の味わいとして格別なものがある。筍ごはんはもちろんのこと、若芽と炊き合わせた若竹煮、土佐煮、天ぷらなど、いろいろ楽しめる。この句はそんな筍を「獣の仔」に見立てたところが面白い。確かに、皮の色や土がまだ付いている筍は得体の知れない珍獣のように見える。作者によれば、「筍の湿り気や土の香、重さ、手触りなどを思い浮かべながら形容した」という。この日は「持ち帰る筍赤子抱くやうに」(新井洋子)との句もあったが、「獣の仔」の方に人気が集まった。「紫を解いて葡萄の芽吹きけり」〜政江さんの句。葡萄は4月下旬ごろから芽吹き始める。芽の先端は綺麗な紫色をしていて、それがほぐれるとどんどん伸びて枝になり、やがて房を付ける。近所に葡萄園でもない限り、我々が芽吹きを目にする機会はなかなかない。作者は、自宅に葡萄棚を作り、その生長を日頃からよく観察しているのだろう。その芽吹きの美しさに感動した気持ちを込めた一句。(潔)
記念句会(主婦会館プラザエフ「シャトレ」)
特別選者入選句
◇相澤秋生選
天 令和元年五月沙緻忌に始まれり 針谷 英子
地 散りゆくも咲き継ぐ花も黙の中 市原 久義
人 こんな日はテニスをしよう風薫る 大野ひろし
潮入の渦の勢や菖蒲の芽 中島 節子
一段の磴に手を借る夕櫻 長岡 幸子
順送りにならぬ人の世鳥帰る 堤 靖子
能登古刹句碑燦燦と若葉光 岡戸 良一
筑紫野に卑弥呼の気配蝶乱る 坪井 信子
ありし日を話せばうるみ春の星 野村えつ子
棒切れで砂に名を書く春渚 江澤 晶子
◇岡戸良一選
天 一聲は己に向けぬ残り鴨 針谷 栄子
地 母の忌に今年も燕来たりけり 矢野くにこ
人 印伝にとんぼの絵柄沙緻忌くる 向田 紀子
「戰するな」千本の葉桜のこゑ 工藤 綾子
順送りにならぬ人の世鳥帰る 堤 靖子
生きるとは学ぶことなり百千鳥 加藤 弥子
朝寝してあまたの季語に襲はるる 坪井 信子
風光る髪なびかせて一輪車 春川 園子
ありし日を話せばうるみ春の星 野村えつ子
枇杷は実に俳縁続く友絆 工藤 綾子
◇加藤弥子選
天 令はしく揺れて風生桜かな 山本 潔
地 散りゆくも咲き継ぐ花も黙の中 市原 久義
人 能登古刹句碑燦燦と若葉光 岡戸 良一
師の句集繰る春雨の窓明り 野村えつ子
新元号に託す未来や新樹光 新井 洋子
初夏や古城に望む海の青 春川 園子
柚の花や師の忌に集ひ句に集ひ 岡崎由美子
生かされて昭和・平成春惜しむ 長澤 充子
順送りにならぬ人の世鳥帰る 堤 靖子
風光る髪なびかせて一輪車 春川 園子
◇山本潔選
天 夕波に父子の遠投鱚釣れり 向田 紀子
地 散りゆくも咲き継ぐ花も黙の中 市原 久義
人 北を指すこころの磁石冬夜汽車 相澤 秋生
一聲は己に向けぬ残り鴨 針谷 栄子
「戰するな」千本の葉桜のこゑ 工藤 綾子
兄ちやんに二年遅れて入学す 安住 正子
青き踏む少年の声ホップして 吉崎 陽子
順送りにならぬ人の世鳥帰る 堤 靖子
古都なれや散りても美しき沙羅の花 中村 京子
義経のはなしここにも余花の里 松成 英子
風光る髪なびかせて一輪車 春川 園子
ありし日を話せばうるみ春の星 野村えつ子
葉柳の土手に一列写生の子 福岡 弘子