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艸句会報:すみだ(令和2年9月23日)

すみだ句会(すみだ産業会館)

高点3句
爽籟や急磴下る僧の下駄      長澤 充子
さん付けで昆虫を呼ぶ花野の子   福岡 弘子
江戸の御世語り継ぐかに法師蝉   髙橋 郁子

秋晴にものといふものみな干せり  飯塚 とよ
番傘の粋な舟宿秋黴雨       大浦 弘子
コロナ禍の下す暖簾や秋の風    髙橋 郁子
新種とや諸手に余る梨を剥く    長澤 充子
秋風の窓辺むかしのオルゴール   岡崎由美子
釣りあげしタナゴの尾びれ荻の声  並木 幸子
野葡萄や富士の山頂雲がくれ    福岡 弘子
麻痺の手に胡桃二つをのせてみる  川原 美春
山麓の径遠近の秋の声       岡戸 林風
敬老日しつくり来るのはいつだらう 松本ゆうき
またねとはもう会えぬかも秋の暮  工藤 綾子
秋茄子の味噌汁五臓に染みいりし  桑原さかえ
糸瓜忌の二度寝の夢にうなされて  山本  潔

(清記順)

【一口鑑賞】爽籟や急磴下る僧の下駄」充子さんの句。「籟」とは三つの穴のある笛。また、笛の音。転じて「爽籟」と言えば爽やかな風の音のこと。秋風が体感に訴えるのに対し、爽籟は聴覚に訴える季語と言っていい。この句は、お寺の石段を下りる僧の姿に視点を置きながら、「爽籟」と巧みに取り合わせた。下駄の音とともに、爽やかな秋の風が吹いている景が見えてくる。
釣りあげしタナゴの尾びれ荻の声」幸子さんの句も秋の風音が聴こえる。タナゴは淡水魚で関東以北の太平洋側に分布する。体長6〜10センチ。「世界最小のターゲット」とも呼ばれ、小川や用水路などの浅い場所に泳いでおり、釣り好きには人気があるという。この句は、釣り上げられたタナゴが掌の上で尾びれをピクピクさせている様子が哀感をそそる。周囲には銀白色の荻が咲いている。「荻の声」は荻の葉に吹く風音。古人はとりわけこの音に心を寄せた。(潔)

句会報:若草(令和2年9月13日)

若草句会(亀有 ギャラリー・バルコ)
兼題「鰯雲」

高点3句
夏便り万年筆の太き青      石田 政江
冬瓜を透明に炊き死生観     針谷 栄子
小上がりの手酌一合新豆腐    新井 紀夫

吾亦紅一人の膳になれそめて   坪井 信子
秋涼の画廊バルコの白い壁    山本  潔
隧道は秋の入口山深し      新井 洋子
逆転の打球吸ひ込む鰯雲     安住 正子
グラビアの男晴れやか野分立つ  沢渡  梢
一盌の茶筅の音も涼新た     針谷 栄子
雨脚を探る如くに虫の声     市原 久義
飛行機の止まるコロナ禍秋の虹  松本ゆうき
丁寧に煮て無花果は洋菓子に   隣安
蜩や七年八カ月の風       石田 政江
鉦たたき浅き眠りの旅枕     飯田 誠子
鰯雲沖になむらの沸きたちて   岡戸 林風
小噴火の兆しか浅間山鰯雲    新井 紀夫
(清記順)

【一口鑑賞】冬瓜を透明に炊き死生観」栄子さんの句。「冬瓜」は初秋に収穫し、冬まで貯蔵しておくことができる。果肉は白く、味は淡白。体温を下げ、利尿効果もあるとされ、薬膳料理にも使われる。作者は炊き上げて透き通った冬瓜を見つめ、自らの死生観を重ね合わせている。残暑の厳しさや台風の到来などにも動じない深みのある一句。
 「夏便り万年筆の太き青」政江さんの句。立秋前の夏の土用の18日間に親しい人に物品を贈ったり、手紙を出したりするのが暑中見舞。この句は、知人からの夏見舞に書かれた万年筆の太い文字が印象的だったのだろう。青インクの色で涼しさも感じられる。「万年筆はモンブランがいい」「インクはペリカンブルーが好き」など句会ではそれぞれのこだわりを語る声が出た。
 「鰯雲沖になむらの沸きたちて」林風さんの句。「なむら」は漢字で「魚群」と書く。マイワシは大きな群れをつくって海中を遊泳する。カツオやマグロなどの大きな捕食者たちから身を守るためと言われている。この句は、そんな大きな魚に追われてきたマイワシの群れが海面に沸き立つように現れた様子を捉えた。広々とした空に広がる鰯雲の下に、海の生き物たちの厳しい世界が垣間見える一句。(潔)

艸句会報:連雀(令和2年9月2日)

連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「空」

高点1句
辞書の背を繕ふ夜更けちちろ鳴く 飯田 誠子

点滴の一滴づつに秋ともし    坪井 信子
秋空へ五七五で書くラブレター  松本ゆうき
露草挿すワイングラスの脚細し  進藤 龍子
新涼や夫に応へて墓碑は「空」  束田 央枝
久に巻くリューズの固し地虫鳴く 向田 紀子
空を飛ぶ夢見て風船葛かな    山本  潔
この鉢が縄張なのね瑠璃蜥蜴   松成 英子
秋の浜後ろ姿の暮れかかる    中島 節子
新涼を運びて山河濡らす雨    矢野くにこ
津波ありき波打ち際の夜光虫   横山 靖子
T シャツの髑髏が走る夏の果   飯田 誠子
まんまるに鳶の切り取る秋の空  岡崎由美子
水痩せし河原に塩からとんぼかな 安住 正子

(清記順)

【一口鑑賞】辞書の背を繕ふ夜更けちちろ鳴く」誠子さんの句。使い込まれた辞書は背の部分が傷み、やがてバラバラになってしまう。それを秋の夜更けに繕っているのである。学生時代の思い出だろうか。蟋蟀の鳴き声が詩情を生む。句会では、親からもらった歳時記を直しながら大事に使っている人もいた。もっとも、最近は電子辞書やスマートフォンのアプリが普及している。ちなみに筆者はスマホに「合本俳句歳時記 第4版」(角川学芸出版編)と「広辞苑 第7版」(岩波書店)を入れている。スマホをなくしたら大変なことになる。
 「久に巻くリューズの固し地虫鳴く」紀子さんの句も秋の夜らしい詠いっぷり。しばらく使っていない腕時計のネジを巻こうとしているが、思いのほかリューズが固くなっており、難渋する様子が目に浮かぶ。窓の外からは「ジージー」と断続的に虫の鳴き声が聞こえる。「地虫」は地中で生活する虫のことを言うが、鳴いているのは螻蛄。鳴き声が巣穴に共鳴して大きく聞こえてくるらしい。
 「津波ありき波打ち際の夜光虫」靖子さんの句。「津波ありき」で読み手の脳裏には東日本大震災の津波の映像が思い出される。ふと我に返ると、波打ち際が異様に光っている。「夜光虫」は夏の季語。海洋性のプランクトンで細胞内に発光体があり、夜の波打ち際で青白く光る。岩手県大船渡市や大槌町辺りでの景を詠んだという。津波の犠牲になった人々の霊が夏の海に浮遊しているかのようだ。(潔)
プロフィール

艸俳句会

Author:艸俳句会
艸俳句会のWeb版句会報。『艸』(季刊誌)は2020年1月創刊。
「艸」は「草」の本字で、草冠の原形です。二本の草が並んで生えている様を示しており、草本植物の総称でもあります。俳句を愛する人には親しみやすい響きを持った言葉です。

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