東陽通信句会
高点2句
うららかや照さん手製の俳画集 山本 潔
甍なきビルの暮らしやおぼろ月 斎田 文子
春愁や折目揃はぬ新聞紙 堤 やすこ
佐保姫と酒酌み交はしたきこの世 山本 潔
スケボーの子の手ひらひら風光る 安住 正子
たんぽぽの絮吹く口を尖らせて 貝塚 光子
晩春の空押し上ぐる花水木 長澤 充子
ゆく春や翁の発ちし運河べり 岡戸 林風
梢よりこぼれて群るる雀の子 岡崎由美子
美しき絵と句の画集木の芽晴 中島 節子
利かん気の尾の跳ねどほし鯉幟 野村えつ子
剪定の青空少し傷つけて 斎田 文子
「ほうたる」来照子刀自の春らんまん 松本ゆうき
新樹冷え何を企む夜の鴉 向田 紀子
きらきらと波畳み来る蝌蚪の池 新井 洋子
武骨さは野武士のごとき葱坊主 飯田 誠子
鳥帰る師の墓所の風纏ひつつ 中川 照子
(清記順)
【一口鑑賞】「甍なきビルの暮らしやおぼろ月」文子さんの句。「甍なきビル」とはマンションのことだろう。作者は甍造の大きな家で育ったのかもしれない。昔の暮らしを懐かしみながら、マンションの生活に馴染みきれない気持ちが込められている。おぼろにかすんだ月が春の愁いを誘う。「春愁や折目揃はぬ新聞紙」やすこさんの句。朝、新聞にさっと目を通した後に、あとでじっくり読もうとすることはよくある。しかし、一度開いた新聞は折目がずれてきれいにそろわない。誰かが読んだあとの新聞も同様だ。春だからこそ感じるものうい気分を、新聞のちょっとした折目のずれに見出した繊細な一句。(潔)
かつしか句会(亀有地区センター)
兼題「八十八夜」
高点3句
煎餅の音も八十八夜かな 山本 潔
かにかくに八十八夜のマスクかな 山田 有子
彭湃と樹木八十八夜かな 新井 洋子
行く春や手児奈のをりし真間の井戸 五十嵐愛子
地下足袋のまんま八十八夜かな 近藤 文子
亀有は終の住処や花蜜柑 新井 紀夫
ふりそそぐ藤の花房さわさわと 新井 洋子
街角も煌めく八十八夜かな 中山 光代
古里の卒寿の姉よ種を蒔く 小野寺 翠
菜種梅雨藤田嗣治猫画集 山本 潔
新緑や街一望の関所跡 千葉 静江
行く春や瀬音やさしき旅の宿 佐治 彰子
病む犬が水飲む八十八夜かな 高橋美智子
ハカラメもゴムも八十八夜かな 西村 文華
絵手紙の友は息災山桜 笛木千恵子
父の蔵偲ぶ八十八夜かな 伊藤 けい
亀鳴けり交響曲を聴く夕べ 平川 武子
囀のこぼるる方へ歩きけり 三尾 宣子
駅前の花の広場もみどりの日 山田 有子
(清記順)
【一口鑑賞】「街角も煌めく八十八夜かな」光代さんの句。兼題「八十八夜」は立春から88日目に当たる5月2日ごろ。ここを過ぎれば降霜の心配が薄れ、農家が種蒔きを始める目安となる。また、小学唱歌「茶摘」で歌われるように茶どころでは繁忙期を迎える。掲句は、夏へ向かう街角にも輝きが満ちてきた感覚を捉えてシンプルに詠んだ。「父の蔵偲ぶ八十八夜かな」けいさんの句。蔵は子どもにとってワクワク、ドキドキする空間だろう。そんな蔵に出入りする父親の姿を見ながら育った作者。蔵の中の様子や匂いを思い出しながら、蔵が大好きだった父親を偲んでいる。どこかから「茶摘」の歌が聞こえてきそうだ。(潔)
すみだ句会(すみだ産業会館)
兼題「行く春」
高点4句
廃校の錆入る門扉松の芯 長澤 充子
春暮るる大工ひとりの屋根普請 岡崎由美子
古里は未だ屋号や初燕 内藤和香子
全山の芽吹きに音のなかりけり 工藤 綾子
行く春や近江の旅の御朱印帳 福岡 弘子
若き吾と日比谷野音にゐて暮春 岡崎由美子
咲き満ちて風にたゆたふ藤の花 内藤和香子
屋形船舫ふ大川春行けり 髙橋 郁子
花菜漬わが来し方を思ひつつ 岡戸 林風
山寺の眼下に花の能楽堂 大浦 弘子
真つすぐに降る雨が好き花大根 山本 潔
ぬばたまの夜にかたぶく花吹雪 貝塚 光子
ふるさとや耀ふばかり春の海 松本ゆうき
こんこんと昼寝る猫の恋疲れ 工藤 綾子
春風やトランペットを聴く河原 長澤 充子
(清記順)
【一口鑑賞】「春暮るる大工ひとりの屋根普請」由美子さんの句。一読して大工さんが屋根の補修作業をしている映像が立ち上がる。歳時記には「屋根替、屋根葺く」という春の季語もあるが、これは冬に雪や風で傷んだ藁葺や茅葺の屋根を春になって葺き替えること。今や農村でもなかなか見られない光景だ。この句は都会の家の屋根工事であり、あくまでも「春暮る」が季語。大工さんの姿を見つめる作者の視線があたたかい。「古里は未だ屋号や初燕」和香子さんの句。古里では今も屋号が使われているという。ただそれだけなのだが、屋号で呼び合った相手の顔や昔からの町のたたずまいなどが目に浮かぶ。そこに変わりなくやってきて営巣する燕たち。自然環境破壊や地球温暖化が大きな問題になっている現代において、変わらないものに思いを寄せている。作者の故郷は山形県鶴岡市。作家・藤沢周平の出身地としても有名だ。(潔)
若草句会(亀有 ギャラリー・バルコ)
兼題「肩」
高点1句
お日さまを必ず描く子たんぽぽ野 安住 正子
桜蕊降るや野点の緋毛氈 安住 正子
利休忌の花散り初むるうつつかな 針谷 栄子
ワクチンを打たるる肩の種痘痕 市原 久義
肩上げをおろし童女の花衣 沢渡 梢
木陰なき墓地の細道つづみ草 坪井 信子
ワンピース足りぬパズルや鳥ぐもり 新井 洋子
肩肘を張らず生きたし半仙戯 山本 潔
リラ冷の狸小路や味噌ラーメン 新井 紀夫
闇深き翁の面や春の雷 飯田 誠子
なかなかに古里遠し暮の春 松本ゆうき
一筆書きの上毛三山春霞 石田 政江
海に向くローカル線や桜東風 吉﨑 陽子
露座仏の肩に降りつむ花の塵 岡戸 林風
(清記順)
【一口鑑賞】「利休忌の花散り初むるうつつかな」栄子さんの句。千利休の忌日は陰暦2月28日。太陽暦では4月9日。ちょうど桜の散る時期に重なる。茶人でもある作者は、信長、秀吉に仕えながら不遇の死を遂げた利休の人生に思いをはせる。花は絶頂期に散り初めるからこそ美しい。「一筆書きの上毛三山春霞」政江さんの句。上毛三山は群馬県の北部にある榛名山、西の妙義山、東の赤城山。いずれも那須火山帯に属し、市街地からよく見える。離れている三つの山々が春霞の中で尾根がつながったように見えたのかもしれない。幻想的な大きな景を捉えた一句。山岳愛好家の間では上毛三山を一日でめぐる一筆書きのコースもあるらしい。(潔)
連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「野」
高点1句
鶏啼けば牛が応へて金鳳花 安住 正子
「はるひ野」はわが町の名や芽吹き急 春川 園子
物言はぬ母と道行く朧月 渕野 宏子
コーヒーの一口にがく花疲れ 飯田 誠子
三椏の花や五階に移民局 松成 英子
屋敷畑の畝の曲りを耕しぬ 進藤 龍子
野あそびへ誘い上手の日和かな 安住 正子
杉菜すぎな森鴎外の墓どころ 坪井 信子
ピアノ売る決心鈍り菜種梅雨 向田 紀子
木の瘤も小耳立てをり四月馬鹿 矢野くにこ
差し伸べし手より水面へ落花かな 中島 節子
野方図に賑はふ街や放哉忌 山本 潔
野阜を薄く化粧す山桜 束田 央枝
春陰や擬似餌の白き鳥の羽 岡崎由美子
悲しみを秘むる渚や海は春 横山 靖子
ちるさくらちるさくらちるさくらちる 松本ゆうき
(清記順)
【一口鑑賞】「物言はぬ母と道行く朧月」宏子さんの句。もともと寡黙なお母様なのかもしれない。その夜は、一段と無口だったのだろう。話したいことはあるはずなのだが、一向に話しかけてくる様子はない。自分から話しかけようにも、どう切りだそうか…。母と娘の微妙な感情の揺れを朧月の夜が包む。「野阜を薄く化粧す山桜」央枝さんの句。日ごろの散歩コースで見かけた景を兼題「野」で詠んだ。「野阜(づかさ)」は野原の中で塚のように小高くなっているところ。山桜の花びらが散って小高い丘をうっすらと染め、息を呑むような美しさだったのだろう。万葉集には<あしひきの山谷越えて野づかさに今は鳴くらむうぐひすの声 赤人>がある。いかにも春らしい。(潔)
船橋通信句会
兼題「貝」
高点1句
花菜風枕木を行く保線員 新井 洋子
三月の波の言伝て忘れ貝 市原 久義
ポケットの浜の真砂と桜貝 沢渡 梢
厨から浅蜊ぶつぶつ独り言 飯塚 とよ
貝屑の混じる浦畑豆の花 針谷 栄子
深呼吸して香しき春の山 新井 洋子
テレビ欄先づチェックして蜆汁 中川 照子
わだなかのひかり遍し月日貝 岡戸 林風
春草や多摩の奥なる古戦場 小杉 邦男
鶯の声数えつつ朝寝かな 並木 幸子
手のひらにすこし欠けたる桜貝 川原 美春
啓蟄や軽く土打つ雨の音 平野 廸彦
鳥風やいわきの海の忘れ貝 山本 潔
深海に横たはるごと大朝寝 岡崎由美子
(清記順)
【一口鑑賞】「三月の波の言伝て忘れ貝」久義さんの句。二枚貝は離ればなれになると、互いを忘れるという。その一片を拾うと、苦しい恋を忘れるとも言われ、いつしか「忘れ貝」と呼ばれるようになった。東日本大震災から10年の歳月が流れたが、それはまだ一つの節目にすぎない。いまも「三月の波」は津波にのみ込まれた人々の思いを言伝のように運んでくる。「啓蟄や軽く土打つ雨の音」廸彦さんの句。そろそろ啓蟄だなあ、と思いながら雨音を聞いている作者。「軽く土打つ」に春らしい気分が書きとめられている。冬眠から覚めた地虫たちが動き始めたころの土の感触や色合い、匂いまで伝わってくるようだ。小さな春のにぎわいを、耳を澄まして捉えた一句。(潔)
東陽通信句会
高点1句
青銅の鶴の嘴より春の水 安住 正子
桃の花活けて傘寿の祝ひ酒 長澤 充子
息つぎて上るきざはし翁草 岡戸 林風
土塊の固さに残る余寒かな 安住 正子
三月十日褐色こゆき亡姉の文 中川 照子
河川敷の少年野球風光る 野村えつ子
囀りや保育所に干すズック靴 中島 節子
丁寧に独活の胡麻和え母偲ぶ 貝塚 光子
水滴の真珠めきたる春の草 斎田 文子
春灯外してなにも無き部屋に 山本 潔
春疾風四十五度に傘をさす 松本ゆうき
身じろがぬ鷺に人寄る遅日かな 堤 やすこ
花大根一行のみの母の文 飯田 誠子
針孔に糸すんなり通りうららけし 新井 洋子
スマホ繰る指ふしくれて万愚節 向田 紀子
いちやうに老いしはらから亀鳴けり 岡崎由美子
(清記順)
【一口鑑賞】「青銅の鶴の嘴より春の水」正子さんの句。ブロンズの鶴像が水を吹き上げる噴水といえば、都内では日比谷公園の霞が関側にある池が思い浮かぶ。国内の公園では3番目に古い噴水という。そんな鶴像の嘴から噴き出ている水の音がいかにも春めいて感じられたのだ。下五に置いた「春の水」が情景を浮き立たせる。「花大根一行のみの母の文」誠子さんの句。大根は4月ごろに白または淡い紫の4弁の十字状の花をつける。菜の花のような明るさはないが、ひっそりと素朴な雰囲気を醸し出している。「一行のみの母の文」とは一体何が書かれていたのだろう。何にせよ「花大根」との取り合わせでお母様の素朴な人柄を思わせる一句。(潔)