かつしか句会(亀有地区センター)
兼題「螢」
高点2句
片膝を立てて無言の草取女 近藤 文子
十薬を時にしみじみ見ることも 小野寺 翠
青葉闇祠に猫の昼寝かな 中山 光代
夏のれん軽く背伸びの裳裾見ゆ 近藤 文子
接種終へ踏み出す一歩街薄暑 小野寺 翠
別るるはまた逢ふために姫螢 山本 潔
ほうたるの飛び交う里や長屋門 佐治 彰子
思ひ出の南部風鈴吊るしけり 千葉 静江
竹ばうき躱しかはして初螢 西川 芳子
築庭にそつと置きたる螢籠 高橋美智子
コロナ禍の気晴らしとなり缶ビール 西村 文華
梅雨寒や早よ寝るが勝ち明日は晴 五十嵐愛子
草叢に神も御座すや螢の火 伊藤 けい
噴水の風のかたちにへこみたり 平川 武子
ややあつて泡の一つや水中花 笛木千恵子
小走りに駅へ駆け込む夏帽子 片岡このみ
父の句に出会ふ歳時記梅雨夕焼 新井 紀夫
風鈴やふはりと白のチマチョゴリ 霜田美智子
自転車ではるばる螢狩へゆく 三尾 宣子
あめんぼう雨の水輪に輪を重ね 新井 洋子
関口の小さき庵や群れ螢 山田 有子
(清記順)
【一口鑑賞】「思ひ出の南部風鈴吊るしけり」静江さんの句。「南部風鈴」は岩手県の伝統工芸品。南部鉄器の風鈴はずしりとした重みがあり、「リーン」と奥行きのある音を出す。いかにも涼しそうだ。作者にとっては愛着のある風鈴なのだろう。この句は、一句一章のシンプルな詠みぶりがいい。上五〜中七の措辞が読み手の想像をかき立てる。「風鈴やふはりと白のチマチョゴリ」霜田さんの句も風鈴を詠んでいる。こちらは朝鮮の民族衣装、チマチョゴリとの取り合わせ。「風鈴や」で涼しげな場所が想像される。そこに白いチマチョゴリの女性が現れる。「ふはりと」の措辞によってその姿がより具体的に描かれる。この句は二句一章と呼ばれ、俳句の基本的な形と言っていい。(潔)
船橋句会(船橋市勤労市民センター)
兼題「夏草」
高点1句
羅をなびかせ僧の早歩き 並木 幸子
夏草や日に一便の引込線 岡戸 林風
夏草や静けさやぶる鳥のこゑ 小杉 邦男
夏草やバーの高椅子すてられて 並木 幸子
積年の重き荷下ろし梅雨の月 川原 美春
雨宿り葭簀内より呼ばれけり 矢島 捷幸
十薬に見守られをり波郷句碑 中川 照子
夏草の果ての洞穴沖縄忌 針谷 栄子
夏草にパワーシャベルの爪深く 山本 吉徳
夏草を抜いて大地の皮を剥ぐ 市原 久義
夏草も犬の尻尾もぬれてをり 山本 潔
畳屋の草履の鼻緒花ざくろ 沢渡 梢
夕立と競ふべからず握る杖 三宅のり子
(清記順)
【一口鑑賞】「羅(うすもの)をなびかせ僧の早歩き」幸子さんの句。この日、一部の人は日蓮を開祖とする中山法華経寺(市川市)を吟行して句会に臨んだ。作者もその一人。コロナ禍で参拝者は少ないが、自動車の安全祈願などが行われていた。本堂から不意に出てきた僧侶が、夏用の法衣をなびかせている姿が印象的ですかさず詠んだという。「早歩き」の感じがよく出ている。吟行できなかった人からも人気を集めた一句。「夕立と競ふべからず握る杖」のり子さんの句。日常的に杖を頼りにしている作者。誰しも夕立が来そうになると家路を急ぎたくなるものだが、はやる気持ちを抑えてくれるのが「握る杖」なのだろう。「焦ってはだめ」と自分に言い聞かせている様子が伝わってくる。(潔)
東陽通信句会
高点1句
負ふものの重みは知らず蝸牛 岡戸 林風
方々にものの音する夏の朝 松本ゆうき
幼子のしやぼんの匂ひ夕薄暑 新井 洋子
汗ばめる額差し出す検温機 岡崎由美子
金魚草ほそぼそと継ぐ駄菓子店 山本 潔
辰雄忌の緑のインク落し文 岡戸 林風
吊橋揺れて万緑の谷動く 安住 正子
吹き抜ける風の軽さや麻暖簾 長澤 充子
風の無き草叢選りて夏の蝶 斎田 文子
引き返すことも賢明かたつむり 野村えつ子
町並みの様変りして日雷 堤 やすこ
紫陽花のこみちを夫と歩きけり 貝塚 光子
萍を押しのけて寄る神の鯉 中川 照子
あぢさゐの藍にほぐるる心かな 中島 節子
忽然と友は施設へ風知草 向田 紀子
行々子来て大利根の流れかな 飯田 誠子
(清記順)
【一口鑑賞】「負ふものの重みは知らず蝸牛」林風さんの句。人は誰しも重荷を背負って生きている。それを重いと感じるかどうかはその人次第だし、個人差もあるだろう。この句は、蝸牛を自分自身になぞらえているとも読めるし、重荷を背負う誰かのことを思いやっているとも読める。コロナ禍もあって自分のことで精一杯になりがちな世の中だが、人の苦労を思いやる優しさこそ必要だと思わせてくれる一句。「忽然と友は施設へ風知草」紀子さんの句。仲の良かった友人が前触れもなく、介護施設へ入ってしまったのだろう。上五の「忽然と」に作者の驚きがよく表れている。超高齢化社会では容易に起こり得ることだ。「風知草」はイネ科の植物で葉が細長く、表が白、裏は緑。表と裏の逆転した感じが戸惑いの大きさを物語る。(潔)
すみだ句会(すみだ産業会館)
高点1句
逃げ足の速き蜥蜴の振り向きぬ 工藤 綾子
卯月波落魄のごと酒を断つ 松本ゆうき
保育児の縄電車行く立葵 貝塚 光子
川縁の小舟朽ちかけ片白草 長澤 充子
石垣のすきま夏草攻めのぼる 髙橋 郁子
花菖蒲雨のしづくの光り合ふ 内藤和香子
水音の誘ふ闇や初螢 福岡 弘子
白南風の空を狭めて副都心 岡戸 林風
生菓子の花の形や新茶汲む 工藤 綾子
校庭のソーラン節や梅雨の蝶 大浦 弘子
睡蓮にほどよき距離のありにけり 山本 潔
(清記順)
【一口鑑賞】「逃げ足の速き蜥蜴の振り向きぬ」綾子さんの句。蜥蜴は夏の季語。俳句好きでも実際に遭遇すると悲鳴を上げる人もいるが、作者は蜥蜴であろうと蛇であろうと、決して物おじしないという。しめたとばかりに観察するそうだ。この句は、人間の気配を察知した蜥蜴が逃げる様子を見ているうちに、一瞬止まって振り向く姿に愛嬌を感じたのだろう。あくなき探究心によって物にした一句。「卯月波落魄のごと酒を断つ」ゆうきさんの句。「落魄(らくはく)」はおちぶれること。同じ酒好きとしては、呑めなくなることは落魄に等しいという気持ちはよくわかる。実際にはしばらくお酒を控えただけらしいが、白波の立ち騒ぐ様子を連想させる「卯月波」によって心象的な一句に仕上がった。(潔)
若草句会(亀有 ギャラリー・バルコ)
兼題「蛇の衣」
高点1句
お持たせのどら焼なれば古茶を濃く 市原 久義
椅子三つ余りしままに夏来る 吉﨑 陽子
ががんぼになりて道後の湯に浮かぶ 松本ゆうき
暑き日の真昼やカメレオンの黙 坪井 信子
夏草やインコの墓の当たり棒 沢渡 梢
蛇の衣寺の大樹の真暗闇 新井 紀夫
神木に向けぬ尾の先蛇の衣 針谷 栄子
新茶汲む古りし湯呑の箆の痕 市原 久義
蟻地獄音なく砂の動きけり 安住 正子
小梅採る夕日の中に夫のゐて 石田 政江
火蛾闇を食ひちぎらむと夜の市場 山本 潔
青嵐空の混み合ふ副都心 新井 洋子
蟻塚や賢く生きること難し 飯田 誠子
天上の友と語らん燕子花 岡戸 林風
【一口鑑賞】「お持たせのどら焼なれば古茶を濃く」久義さんの句。どら焼は日本人のポピュラーなお菓子である。人気アニメの主人公、ドラえもんの大好物としても知られる。この句は、お客さんがお土産に持ってきてくれたどら焼を早速いただこうというのだが、「古茶を濃く」に作者の気持ちが感じられる。「古茶」も夏の季語。気に入っているお茶と好物のどら焼を前に気心の知れた来客との会話が弾む。「夏草やインコの墓の当たり棒」梢さんの句。子どもの頃の思い出だろうか。かわいがっていたインコが死んでしまい庭に埋めたのである。アイスキャンディーの「当たり」のマークが付いた棒を立ててお墓の目印にした。少女にとっては宝物のような「当たり棒」だったが、インコを弔う純真な心を代弁しているようだ。「夏草や」の切れが場面を浮き立たせる。(潔)
連雀通信句会
高点2句
十薬やお薬師様の処方箋 飯田 誠子
北上川の蛇行緩やか夏つばめ 安住 正子
山法師命つないで今年また 春川 園子
地球儀のグリーンランドを射る西日 坪井 信子
遠郭公誰を呼ぶのかけふもまた 束田 央枝
夜濯のマスクを吊す鴨居かな 岡崎由美子
浄瑠璃の人形の泣く虎が雨 松成 英子
梅雨入りや湯煙しみる上別府 渕野 宏子
畳屋の片付いてゐる走り梅雨 安住 正子
葉桜を愛でし人亡き石灯籠 横山 靖子
カヌー漕ぐ子らのオールの儘ならず 中島 節子
空蟬に草の匂ひのありにけり 飯田 誠子
梅雨曇はらから遠くなりしかな 進藤 龍子
辰雄忌の白薔薇に佇つ少女かな 山本 潔
後悔やそつぽ向きたる供花の百合 向田 紀子
(清記順)
【一口鑑賞】「地球儀のグリーンランドを射る西日」信子さんの句。ご主人の仕事で若い頃には西アフリカで暮らしていた作者。一人暮らしとなったいまも夢は世界を駆け巡るのだろう。コロナ禍で引きこもりの生活を強いられるなか、地球儀はさまざまな想像を膨らませてくれる。この句は、北極圏を眺めていたときにふと現実に引き戻されたのかもしれない。窓から差し込む西日がグリーンランドを照らしていたのだ。それをすかさず一句にした。「カヌー漕ぐ子らのオールの儘ならず」節子さんの句。子どもたちがカヌーの教習を受けているのだろうか。好き勝手にオールを動かす子もいてカヌーがぶつかったり、沈みそうになったりしているのかもしれない。そんな様子をハラハラ見ている作者。「儘ならず」に子どもたちへの優しいまなざしが感じられる。(潔)
船橋句会(船橋市勤労市民センター)
兼題「茉莉花、ジャスミン」
高点2句
昼顔の「ゴミすてるな」に巻きつきぬ 矢島 捷幸
茉莉花や白磁の茶器に紅のあと 山本 吉徳
窓のなき市場食堂穴子めし 岡崎由美子
路地裏のダンス教室花石榴 沢渡 梢
暴れたる鯰さばきの出刃研ぎぬ 小杉 邦男
けふ今を息して生きて樟若葉 山本 吉徳
緑廊の風をゆたかに茉莉花は 岡戸 林風
万緑へ足す猫の目のひすゐ色 針谷 栄子
古着とて捨てがたきもの更衣 飯塚 とよ
釣人に語りかけたる牛蛙 並木 幸子
テラス席にジャスミンティーを小指立て 三宅のり子
渋滞や茅花流しの分離帯 市原 久義
むらさきの小雨にけぶる花あやめ 矢島 捷幸
文の友逝きてポストに青葉雨 川原 美春
石垣に「菅公」の詩や夏蛙 中川 照子
駄菓子にて語る人生多佳子の忌 山本 潔
(清記順)
【一口鑑賞】「昼顔の『ゴミすてるな』に巻きつきぬ」捷幸(かつゆき)さんの句。この日、ゲスト参加の作者。句歴2年余りと言いながらも、いきなり高点句に輝いた。朝顔や夕顔に比べると、どこか存在感の薄い昼顔だが、ガードレールや金網などに絡みついて薄いピンクや白の可憐な花を咲かせている。この句は、看板にしっかり巻きついているところを見逃さなかった。何でも詠んでやろう!という気持ちが表れている一句。「窓のなき市場食堂穴子めし」由美子さんの句。時間のある人は午前中にJ R船橋駅から徒歩約15分の船橋市地方卸売市場までの吟行を楽しんだ。市場に何軒かある食堂に分かれて昼食にしたが、そこでもすかさず詠むのが吟行の楽しいところ。「窓のなき」という軽い発見に、「穴子めし」を合わせて俳味のある句に仕上がった。(潔)
すみだ通信句会
兼題「青葉」
高点2句
渓谷をトロッコ列車青葉風 長澤 充子
鈴蘭は小さき風の拠りどころ 岡戸 林風
山裾に棚田広ごる青葉風 内藤和香子
溪深く青葉の闇を濃くしたり 岡戸 林風
なに見るやはつかに笑ふ昼寝の子 松本ゆうき
青葉寒橅の林に水の音 髙橋 郁子
えごの花散るや雨戸を閉める音 山本 潔
地を蹴つて進む二輪車若葉風 岡崎由美子
木曽路行く青葉の谷よ舟唄よ 大浦 弘子
「多忙です」と言ひつつ作る白玉を 貝塚 光子
逆上がりに挑戦の子や若葉風 長澤 充子
兄弟は良きライバルや柏餅 福岡 弘子
田を均す漣美しき代田かな 工藤 綾子
門朽ちし関所の跡や月見草 桑原さかえ
(清記順)
【一口鑑賞】「渓谷をトロッコ列車青葉風」充子さんの句。兼題「青葉」に合わせ、かつての旅で乗ったトロッコ列車を思い出しながら詠んだのだろう。余計なことは言わず、シンプルな詠みぶりに好感が持てる。ただ、下五は「青嵐」「若葉風」でも成り立ちそうだ。「青葉風」を「青葉」の傍題にしている歳時記は少ない。いまひとつ季語としての働きが弱いからではないか。「溪深く青葉の闇を濃くしたり」林風さんの句。この「青葉」は新緑のころに比べて夏もいくらか深まったことを感じさせる。渓の深さや闇の濃さを言うことで「青葉」を心象的に捉えているからだろう。いつ見ても緑は美しいが、季節のうつろいの中で微妙な変化を感じ取ることが俳句を詠む醍醐味でもある。(潔)