すみだ句会(すみだ産業会館)
兼題「炎暑、炎天」
高点3句
満天の星を見てゐるハンモック 山本 潔
炎天へ跳びスケボーの宙返り 岡崎由美子
照り返す大暑の寺の鬼瓦 内藤和香子
百年ものの祖母の紬や風入れる 福岡 弘子
滴りや誰が名付けしか「延命水」 髙橋 郁子
睡蓮を揺らす暗がり何か棲む 内藤和香子
夏雲に轟くブルーインパルス 山本 潔
父の忌の墓石よ灼けるだけ灼けて 岡崎由美子
鯔飛んでとんで汐入る小名木川 貝塚 光子
五線譜を誘ふ風や麦の秋 大浦 弘子
アイゼンの音並びゆく大雪渓 桑原さかえ
風死して鉄路の匂立ちにけり 岡戸 林風
竹箸の節の味はい夏料理 長澤 充子
よひどれの時代懐かしなめくぢり 松本ゆうき
炎天や影だけ連れて戻りける 工藤 綾子
(清記順)
【一口鑑賞】「炎天へ跳びスケボーの宙返り」由美子さんの句。コロナ禍第4波が広がるなか、1年遅れの東京オリンピックが無観客で行われている。スケートボードは五輪の新競技。前後に車輪がついた細長い板に乗って公園にあるような手すりや壁を伝い、技を競う。この句は早速、新しいスポーツを詠んだ意欲作。兼題も踏まえて躍動感のある一句に仕上げた。「アイゼンの音並びゆく大雪渓」さかえさんの句。「アイゼン」は登山靴に取り付ける金具で、雪や氷に覆われた斜面を登降する際の滑り止め。掲句は夏の北アルプスの白馬岳あたりに登った際の思い出だろうか。雪渓を縦列に登る人たちの足取りを「アイゼンの音」に集約させた。(潔)
かつしか句会(亀有地区センター)
兼題「酸、酢」
高点1句
肘枕がくんと崩る三尺寝 片岡このみ
明け方に雨上がりけり蓮の花 伊藤 けい
ふるさとの酢橘を搾る麦焼酎 近藤 文子
角打ちの昼酒首の汗拭い 新井 洋子
はびこりて邪険にしたき酢漿の花 五十嵐愛子
酢こんぶとするめのつまみ遠花火 平川 武子
海の色めきてゆかしき能登上布 佐治 彰子
閉め忘る冷蔵庫から電子音 千葉 静江
約束のできない日々や草を引く 小野寺 翠
一膳に酢の物添へて夏蕨 高橋美智子
後先になりて子の振る捕虫網 笛木千恵子
風鈴や眠れぬ夜の友となり 西川 芳子
ご近所の音聞こえ来る胡瓜揉み 西村 文華
ひばの香の酸ケ湯にしみる日焼かな 霜田美智子
裏木戸の人来る気配夏休み 三尾 宣子
みちのくの酸味ほどよき心太 山本 潔
新婚さんらしき二人や青簾 片岡このみ
酸性の俺が好きよと藪蚊めが 新井 紀夫
身の酸化防ぐマリネや梅雨明ける 中山 光代
彩雲を夢に見た夢金魚玉 山田 有子
(清記順)
【一口鑑賞】「肘枕がくんと崩る三尺寝」このみさんの句。「三尺寝」は昼寝の副季語。職人さんが三尺ほどの狭い空間で仮眠するからという説と、太陽の影が三尺動くだけの短い間の昼寝という説があるらしい。いずれにしても仕事の合間の至福の時だろう。枕を使う余裕はなく、肘枕で眠るしかない。そんな職人さんが「がくん」と崩れる瞬間を活写した。「一膳に酢の物添へて夏蕨」高橋美智子さんの句。兼題からの発想で「酸っぱさ」を詠んだ句はいろいろあったが、掲句はさりげない詠みぶりながら、「夏蕨」が浮き立つ。夏に高原などで採れる山菜は趣が深く、ありがたみも増す。(潔)
東陽通信句会
高点3句
奥能登や青田の風は海に抜け 安住 正子
子らの声はみ出す日除駄菓子店 新井 洋子
製麺の音の洩れくる葭簾 向田 紀子
初蟬や一木一草うごかぬ日 野村えつ子
頬杖をついて無心や水中花 安住 正子
砂浜に小流れのすぢ浜豌豆 岡崎由美子
終バスの尾灯熱帯夜へ続く 新井 洋子
峡深き瀬音いつしか河鹿笛 岡戸 林風
古紙結ぶ紐の緩みも小暑かな 山本 潔
踏切の遮断機下りて炎暑なほ 長澤 充子
ビル街の隙間すきまの雲の峰 斎田 文子
梅雨晴や鳥群れくぐる葛西橋 中島 節子
浜風や烏賊がするめと化してゆく 中川 照子
空蟬や心は老いに追ひつかず 堤 やすこ
気散じのお鷹の道や岩清水 向田 紀子
ともかくも走つて逃げる夕立かな 松本ゆうき
蟬しぐれ聴きながら読む句集「艸」 貝塚 光子
岩の間の魚影きらめく群青忌 飯田 誠子
(清記順)
【一口鑑賞】関東甲信は平年より3日早く、7月16日に梅雨が明けた。ほぼ同じ頃に私は今年最初の蟬の声を聞いた。「初蟬や一木一草うごかぬ日」えつ子さんの句。初蟬が鳴いた日の感じを端的に書きとめている。「一木一草うごかぬ」とはいつも自然を観察している作者の実感。風がやみ初蝉だけが鳴いている。この日を境に季節も晩夏へと移ったのだろう。「踏切の遮断機下りて炎暑なほ」充子さんの句。情景としては遮断機が下りているだけなのだが、猛暑がやってきた日の1シーンとして共感できる。足止めを食っている作者の苛立ちは「炎暑なほ」に余すことなく表現されているのではないか。シンプルに季語の力を信じて詠んだ一句。(潔)
若草句会(亀有 ギャラリー・バルコ)
兼題「甘」
高点2句
背ナの子を夢ごと下ろす夏座敷 安住 正子
白絣きりりと結ぶ貝の口 針谷 栄子
練切りの甘さとけゆく花菖蒲 飯田 誠子
糸蜻蛉茶庭の小さきビオトープ 新井 紀夫
泥縄で生きてきましたももすもも 松本ゆうき
母と子とその子も集ひメロン切る 山本 潔
斑の金魚新入りにしてあるじ顔 新井 洋子
雨の日は雨たのしんであめんぼう 安住 正子
涼しさや甘味処の花手水 針谷 栄子
甘酒を仕込む匂ひや犬騒ぐ 石田 政江
ゆだち過ぐ洗ひたてなる空まさを 沢渡 梢
夏至の日の甘口カレー銀の匙 吉﨑 陽子
坪庭の実梅香りも黄金色 市原 久義
水揺れて目高は影を殖やしたる 坪井 信子
(清記順)
【一口鑑賞】「白絣きりりと結ぶ貝の口」栄子さんの句。「貝の口」は着物の帯の結び方の一つ。男物の角帯の一般的な結び方で、折り目が二つ重なって二枚貝の口のように見えることからそう呼ばれるようになったらしい。この句は「白絣」が夏の季語。ご主人の姿だろうか。絣の模様が入った白地の着物がいかにも涼しそう。帯を結んだ瞬間を描写した。「甘酒を仕込む匂ひや犬騒ぐ」政江さんの句。作者の家には「ミカンちゃん」という大型犬がいてやんちゃな盛り。甘酒を作るときに使う米麹が大好きで、匂いがしただけで飛んでくるそうだ。小まめな作者は兼題「甘」を詠み込もうと、実際に甘酒を作ったのだろう。匂いに興奮して騒ぐ「ミカンちゃん」を見て一句ができた。(潔)
連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「小暑」
高点1句
紙魚走る定價弍圓の初版本 安住 正子
梅雨寒のアキレス腱とヒラメ筋 向田 紀子
水打つてけふの一日の乱れなく 横山 靖子
蚰蜒やふるさと捨てた馬鹿な俺 松本ゆうき
海の絵の葉書一枚小暑かな 松成 英子
泰山木師の師の花として咲けり 山本 潔
糶札の下を金魚の尾鰭かな 安住 正子
仏法僧鳴いて天狗の山深し 矢野くにこ
まだ上がる脚を頼りに夏帽子 春川 園子
笑む母の待つてゐさうな夏の駅 渕野 宏子
川音も闇も動かす螢かな 束田 央枝
たかんなの竹にならむとする勢 坪井 信子
辣韮漬く手伝ふ夫の手際よき 中島 節子
恙なく小暑の句座にありにけり 進藤 龍子
亡き母の残してゆきし蠅叩き 飯田 誠子
(清記順)
【一口鑑賞】「海の絵の葉書一枚小暑かな」英子さんの句。兼題「小暑」は二十四節気の一つ。陽暦ではちょうど7月7日頃。梅雨明けが近くなり、いよいよ夏も本番に向かう。小暑から立秋(8月8日ごろ)までが暑中見舞いを書く期間になる。この句は、お気に入りの海の絵葉書を手に、しばらく会っていない友達のことを考えているのかもしれない。「恙なく小暑の句座にありにけり」龍子さんの句。90歳を過ぎている作者。既にコロナのワクチン接種を2回終えて体調にも問題はないそうだ。句会に参加できる喜びを素直に詠んだ。上五の「恙なく」に実感が込められている。「小暑」をきっちり自分の身に引き寄せているところが素晴らしい。大ベテランならではの味わいのある一句。(潔)