船橋句会(船橋市勤労市民センター)
高点2句
長き夜や「赤毛のアン」の書に遊ぶ 針谷 栄子
秋高し園児の列の伸びちぢみ 山本 吉徳
病む人を思ふ人ゐて白秋忌 山本 潔
蟠り解けず引きずる夜寒かな 矢島 捷幸
出来たてのおにぎり十月桜かな 沢渡 梢
冷まじや朝な夕なの飲み薬 市原 久義
リハビリのモンローウオーク鰯雲 川原 美春
本当の事は言はずに濁り酒 山本 吉徳
茶葉踊るアールグレイや小鳥来る 針谷 栄子
美味さうに描けし柿よ実も旨し 三宅のり子
鉄塔に風の哭き声神の留守 並木 幸子
秋晴や古きベンチの木の匂ひ 岡崎由美子
(清記順)
【一口鑑賞】「長き夜や『赤毛のアン』の書に遊ぶ」栄子さんの句。秋の夜長は読書にはもってこいだ。子どもの頃からモンゴメリの名作「赤毛のアン」のファンなのだろう。全10巻セットはいつも手の届くところにある。「書に遊ぶ」というくらいだから、好きな場面を何度も読み返したり、絵を眺めたり、ノートに書き写したりしているのかもしれない。「長き夜」をアンとともに楽しんでいる作者の姿が浮かんでくる。「リハビリのモンローウオーク鰯雲」美春さんの句。不自由な脚のリハビリが欠かせない作者。俳句にも常に前向きに取り組んでいる。マリリン・モンローの動きを思わせる運動をしながら、ふと窓の外を見ると、いかにも秋らしい「鰯雲」が広がっていたのだろう。空を眺めながら来し方を思う気持ちを季語に託している。(潔)
すみだ句会(すみだ産業会館)
兼題「和」
高点1句
蔓引けばなほ遠ざかる烏瓜
蛇笏忌や三和土の店に酌む地酒 大浦 弘子
むさし野の銀鼠のそら雁渡る 松本ゆうき
黒文字も箸も手製や走り蕎麦 福岡 弘子
棟上げの槌音高く秋日和 工藤 綾子
思ひ切り捨てて身軽や秋の空 長澤 充子
黄落や古都の通史と資料集 山本 潔
朱印帳めくるひととき秋惜しむ 内藤和香子
老杉の長き参道秋湿り 髙橋 郁子
暮近き園の小径の酔芙蓉 貝塚 光子
行く秋の波のあはひの静寂かな 岡崎由美子
(清記順)
【一口鑑賞】「蔓引けばなほ遠ざかる烏瓜」。この日の高点句。「烏瓜」は晩秋になると、周りの草や木が枯れ始めているなかで、卵型の実が熟れて朱色になりぶらさがっている。この実を取ろうと手を伸ばして蔓を引っ張ったところ、反動でさらに遠くへ行ってしまったのだ。はぐらかされたような作者の虚ろな気分が伝わってくることから点を集めた。しかし、残念ながらこの句には<つる引けば遥かに遠しからす瓜>という先行句がある。詠んだのは江戸後期の絵師で俳人の酒井抱一。高点句とはいえ、こうした先行句がある場合は類想句として取り下げるのが先人への礼儀だろう。作者もいさぎよく応じてくれた。(潔)
かつしか句会(亀有地区センター)
兼題「園」
高点1句
肌寒の身のうちにある痛みかな 三尾 宣子
秋暑し夜更けの地震に戦きて 三尾 宣子
地に落ちてなほ美しき柿落葉 片岡このみ
紅葉且つ散る霊園のモアイ像 新井 紀夫
吊し柿一つひとつの陽の匂ひ 山本 潔
鯖雲やトルコ名物サバサンド 西村 文華
虫の音に微睡み今日のあれやこれ 高橋美智子
歯切れ良き浜つ子言葉天高し 山田 有子
木の葉舞ふ園児巻き込み鬼ごつこ 近藤 文子
旅終えてまた旅を恋ふ十三夜 千葉 静江
吊橋や粧ふ山に誘へり 五十嵐愛子
誰のためこんなに赤く返り花 小野寺 翠
公園に園児らの列秋探し 西川 芳子
きらひすききらひでもすき秋桜 霜田美智子
ハンガーの重くなりゆく冬隣 平川 武子
石仏の衣や彩さす草紅葉 中山 光代
揉み塩にきゆきゆと色濃き秋茄子 笛木千恵子
熊よけの鈴の行き交ふ草紅葉 佐治 彰子
草紅葉殺生石の注連ゆるび 新井 洋子
わが庭のいづくに棲むか痩飛蝗 伊藤 けい
(清記順)
【一口鑑賞】「肌寒の身のうちにある痛みかな」宣子さんの句。晩秋になると、寒さを感じるようになる。俳句では、ただ単に肌に感じる寒さを「肌寒」、心理的に感じる寒さを「そぞろ寒」「うそ寒」などの季語に託して詠む。この句は、皮膚で捉えた寒さのなかに「身のうちにある痛み」を訴えているが、その正体はわからない。「痛み」をどう受け止めるかは読み手にゆだねられている。「紅葉且つ散る霊園のモアイ像」紀夫さんの句。この日の兼題「園」で「公園」「園児」「庭園」などの句が多く出されるなか、「霊園のモアイ像」が異彩を放っていた。実際に北海道・真駒内の霊園にモアイ像があるそうだ。旅好きの作者の記憶を思い起こして詠んだ一句。季語「紅葉且つ散る」に臨場感がある。(潔)
東陽句会(江東区産業会館)
高点1句
菊日和久方ぶりの句座となり 松本ゆうき
手漕舟櫂ゆつくりと秋惜しむ 安住 正子
とる姿猿に似て来るゑのこづち 松本ゆうき
秋天をブラスバンドの弾みゆく 中川 照子
答案を見せ合ふ二人ちちろ鳴く 山本 潔
秋寂ぶやチョッキの釦掛け違へ 中島 節子
ビルの間の鉄扉を閉ざす運動会 斎田 文子
点滴の針あと蒼き夜寒かな 岡戸 林風
花灯窓の堂の閑かさ薄紅葉 飯田 誠子
親の務め減りてシャインマスカット 向田 紀子
青空に貼り付く十月桜かな 堤 やすこ
りんご剥く本音話せる夫とゐて 新井 洋子
(清記順)
【一口鑑賞】「菊日和久方ぶりの句座となり」ゆうきさんの句。コロナ禍以降、艸の六つの句会のうち、東陽句会は郵便による通信句会に徹してきたが、第5波の感染が急速に萎んだことから、1年8カ月ぶりに対面で実施した。この句は、句友との再会を喜ぶ気持ちを素直に詠んだ。窓の外は雲一つない青空が広がり、まさに「菊日和」。明るく澄んだ日差しを感じながら「座の文芸」を楽しんだ。「秋天をブラスバンドの弾みゆく」照子さんの句。通信句会を取り仕切ってきた作者。コロナ禍で引きこもりがちな日々を過ごしてきたが、最近は少しずつ出歩くようになってきたという。この句は、マンションから見える中学校でブラスバンド部が練習している様子を詠んだ。「弾みゆく」に気持ちの明るさが表れている。(潔)
若草句会(亀有 ギャラリー・バルコ)
兼題「紙」
高点1句
鰍突く祖父は明治の近衛兵 坪井 信子
白秋や宮の土俵に紙垂吹かれ 新井 洋子
秋興や老いてジュラ紀の鳥のこと 坪井 信子
紙芝居子らと観てゐる赤とんぼ 沢渡 梢
苔を食む鯉の背鰭や水澄めり 飯田 誠子
『のらくろ』の布張りの書や秋灯 安住 正子
新蕎麦や一筆箋の添へ手紙 新井 紀夫
シューベルト妻と聴く夜の黒葡萄 山本 潔
難民の幕舎も照らせけふの月 市原 久義
絵草紙の猫の百態秋灯下 岡戸 林風
大木の実紅くして梢の秋 石田 政江
木と土と紙のお家や小鳥来る 松本ゆうき
曼珠沙華活けるためらひありにけり 針谷 栄子
地方紙を入れて発送富有柿 吉﨑 陽子
(清記順)
【一口鑑賞】「難民の幕舎も照らせけふの月」久義さんの句。今年の中秋の名月は9月21日(陰暦8月15日)で8年ぶりに天体運行の満月と重なった。見事な月は現在の地球を映す鏡のようでもあった。作者には、急激に政情が不安定になったアフガニスタンが見えたのだ。「幕舎(ばくしゃ)」はテント。そこに暮らす難民も照らしてほしい。そう祈りながら詠んだ一句。「地方紙を入れて発送富有柿」陽子さんの句。「富有柿」は西日本を中心に各地で生産されている晩成の代表品種。甘みが強く、果肉は柔らかい。この句は、兼題「紙」で「地方紙」を詠み込んだ。柿と一緒に受け取った人は、作者の地元のニュースを興味深く読むことだろう。(潔)
連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「健」
高点2句
赤とんぼ風のりかへて戻りけり 安住 正子
村医者のブルージーンズ小鳥来る 山本 潔
健やかに生きて米寿の菊膾 坪井 信子
健脚でありしはむかし葛の花 安住 正子
わが晩年穏やかにあり秋彼岸 春川 園子
無患子や健やかなれと祈る嫁 松成 英子
窓あけて一人満月見て眠る 横山 靖子
函館の街の灯りを夜長とす 飯田 誠子
健さんの映画ロケ地や秋没日 山本 潔
老犬の健気な歩み草の花 向田 紀子
秋うらら「艸」の表紙の赤とんぼ 中島 節子
数珠玉や父とつくりし首飾り 渕野 宏子
ゆく風を追ひかける風大花野 矢野くにこ
遮るものなく名月は其処に在す 束田 央枝
取りあへずラジオ体操秋日和 松本ゆうき
(清記順)
【一口鑑賞】「赤とんぼ風のりかへて戻りけり」正子さんの句。原っぱに群れて飛ぶ「赤とんぼ」。そのうちの一匹をじっと観察している作者。宙に静止したかと思うと、不意に遠ざかり、また戻ってくる。そんな一瞬を「風のりかへて」と言い止めた。戻ってきた一匹に愛着を感じたのかもしれない。「数珠玉や父とつくりし首飾り」宏子さんの一句。「数珠玉」はイネ科の多年草で湿地に生える。秋に結んだ実が、緑から黒や灰色へ変化して硬くなる。この実を採って子どもが遊んだことから、この名がある。作者も幼い頃に父親と一緒に首飾りを作ったという。「数珠玉」を見るたびに蘇る大切な思い出を一句にした。(潔)