かつしか句会(亀有地区センター)
兼題「黴」
印象句
黴の倉記憶違ひのパスワード 霜田美智子
【一口鑑賞】「黴」は梅雨の頃に発生しやすく、いつの間にか広がっている。麹黴や青黴など人間に役立つものもあるが、食物や衣服など身の回りに生える黴は鬱陶しいものの象徴と言っていい。また、「黴が生える」と言えば物事が古臭くなることを意味する。この句は「黴の倉」に自らの記憶力の衰えを重ね合わせている。パスワードを間違えたり、忘れたりするのはよくあること。それはまるでインターネット社会にはびこる黴のようなものかもしれない。ユーモラスな一句。(潔)
深山の松蟬の声揃ひたる 小野寺 翠
新樹蔭学生服の金ボタン 高橋美智子
七変化卒の誕辰迎へけり 伊藤 けい
酒蔵に夜のささめごと麹黴 新井 洋子
黴の香や仕舞ひ忘れし夫の靴 西川 芳子
連弾の軽き響きや梅雨明くる 近藤 文子
黴の香にくるまり眠る山の宿 片岡このみ
明日からの旅の荷の上夏帽子 千葉 静江
黴にほふ納戸や母の桐箪笥 新井 紀夫
大雪渓小さき窪みに供花の赤 霜田美智子
雨音をかきまぜながらアイスティー 山本 潔
蓋を開け黴と遭遇蓋閉める 西村 文華
鼻ほじる羅漢も在す梅雨晴間 笛木千恵子
風穴にねむるワインや黴の花 五十嵐愛子
滴りや名もなき山の獣道 佐治 彰子
(清記順)
東陽句会(江東区産業会館)
兼題 折句/く・あ・す 例句/靴脱いで蹠さびしき涼み舟 舘岡沙緻
印象句
空襲の悪夢をよぎりスコール来 中川 照子
【一口鑑賞】今月も東陽句会は折句に挑戦!上五の頭が「く」、中七の頭が「あ」、下五の頭が「す」の音になるように詠んだ句が全体の半分以上を占めた。この句もそのなかの一つ。作者は、幼い頃の空襲体験を今でも夢に見るという。空襲のシーンに現実の激しいスコールのような夕立の音が重なってきて目覚めたのだ。折句とは気づかないような一句。こうした夢を見るのは、ウクライナの映像がテレビで頻繁に流れることも影響しているのだろう。(潔)
暮れなづむ青山墓地の忍冬 山本 潔
竹藪に呑まるゝ廃家半夏生 岡崎由美子
走り梅雨紙縒のゆるむ朱印帳 飯田 誠子
水に浮く水馬に吾を重ねけり 松本ゆうき
栗の花甘い和菓子の好きな人 斎田 文子
緑蔭やサンドイッチと「グリとグラ」 新井 洋子
潮入の逆巻く池や額の花 中島 節子
苦行などあかんべいです水中花 堤 やすこ
黒南風や安房の小島の水神社 岡戸 林風
足音にさとき船虫魚網干す 向田 紀子
口笛のあとを目で追ふ砂日傘 中川 照子
食ひ盛り頭並べて西瓜食ぶ 安住 正子
(清記順)
すみだ句会(すみだ産業会館)
兼題「見」
印象句
常連の一人が見えず夏暖簾 岡戸 林風
【一口鑑賞】夏になると、飲食店などでは麻や木綿の涼しげな暖簾を用いるところが多い。「夏暖簾」は日本の暑い夏に涼しさを呼ぶための風物詩と言っていい。もちろん「暖簾」だけでは季語にならない。掲句は、行きつけの小料理屋だろうか。暖簾をくぐった瞬間、いつもいる人の姿が見えないことに違和感を覚えたのだ。「常連の一人」とは「身近にいるべき人」と考えてもいい。その人がいないことへの寂しさを感じている作者。兼題「見」から発想して自分自身の気持ちを詠んだ一句。(潔)
野良猫の棲みつく飯場梅雨曇 岡崎由美子
武蔵野の森のきざはし緑の夜 松本ゆうき
虫干や秘蔵の里見八犬伝 山本 潔
黒南風や沖見て鷺は動かざる 山本 吉徳
一陣の風に騒めく竹落葉 長澤 充子
演習の着弾地点月見草 工藤 綾子
もてあます母の形見の梅酒壺 大浦 弘子
石走る竜頭の滝や岩魚影 矢島 捷幸
新しきシャッター開くる夏至の朝 貝塚 光子
(清記順)
若草句会(俳句文学館)
兼題「再」
印象句
諍ひの果てぬ地球を雹が撃つ 市原 久義
【一口鑑賞】前の週に首都圏では大きな雹が降った。この句は、凄まじい降り方を目の当たりにしたか、あるいはニュースで見たかはともかくとして、そこからロシアのウクライナ侵攻など国際情勢に思いをめぐらせているのである。人類の歴史をたどればまさに「諍いの果てぬ地球」であって、下五の「雹が撃つ」という措辞から作者の憂いが伝わってくる。「雹」が夏の季語としてしっかり働いており、いわゆるテレビ俳句とは一線を画している。(潔)
再軍備すすむ国なり金魚玉 松本ゆうき
濡れたくて雨に出てゆく桜桃忌 山本 潔
柚の花や再び句碑にまみえたる 安住 正子
日を弾き風に弾かれ糸とんぼ 飯田 誠子
蚯蚓這ふ西新宿の再開発 沢渡 梢
転舵せしヨットに傾ぐ空と海 新井 洋子
紫陽花やガラスの皿のワンディッシュ 針谷 栄子
夏帽は老いの愛嬌ど忘れも 吉﨑 陽子
鰻割く面魂や三代目 新井 紀夫
羅をゆるやかに着ていざ句座へ 石田 政江
再起せる友の便りや青葉木菟 岡戸 林風
(清記順)
船橋句会(船橋市勤労市民センター)
兼題「飯」
印象句
片寄せてある薔薇園のばらの屑 安住 正子
【一口鑑賞】句会前に谷津バラ園(千葉県習志野市)を吟行しての一句。800種類7500株のうち、ピークを過ぎた早咲き品種やツルバラを除く7割が見頃を迎えていた。さまざまな色や形、香りのほか、王室・皇室、著名人にゆかりの豪華な名前に圧倒されるが、掲句は「ばらの屑」に目をとめた。手入れを欠かせないバラ園では、係員が小まめに掃除をしており、パーゴラの下に散ったツルバラの花屑を掃き寄せていた。作者の優しい視線が感じられる。(潔)
蔓薔薇のしたたかに棘ゆれゐたる 山本 潔
銀飯と云ふ時代あり百日紅 飯塚 とよ
梅雨入や元気のもとは握り飯 三宅のり子
雨上り泰山木の花得たり 沢渡 梢
そよ風や鸚哥のかじる青林檎 並木 幸子
薔薇園の殊にクイーンエリザベス 岡戸 林風
陽の差していよいよ昏し薔薇の赤 隣 安
思ひ出は余生の糧や額の花 川原 美春
麦飯を喰ふて戦後を生きてきし 市原 久義
粽解く螺旋の紐を遊ばせて 針谷 栄子
(清記順)
連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「横」
印象句
唐突に映る戦場電波の日 向田 紀子
【一口鑑賞】「電波の日」は6月1日。1950年に電波法、放送法などが施行され、電波の利用が広く国民に開放されたことを記念する日である。今年は3年ぶりに式典も行われた。この句の「唐突に映る戦場」とはロシア軍が侵攻したウクライナからの中継。日本の平和な日常生活のなかで目にする戦場の悲惨な映像にショックを隠せない作者の気持ちが表れている。いわゆる時事句だが、「電波の日」を捉えて今の世界で起きている現実を端的に詠んだ。(潔)
横やりの入る角打ち夕薄暑 山本 潔
赤坂の横丁をゆく藍浴衣 飯田 誠子
しっかりと握る舟べり螢舞う 松成 英子
吊り橋の揺るるにまかせ南吹く 矢野くにこ
肖像に横顔多し雲の峰 松本ゆうき
ゆれながら月下美人のひらく夜 横山 靖子
花樗父になかりし余生かな 束田 央枝
新緑や一人の窓を開け放ち 坪井 信子
梅雨晴間パン屋の横の長き列 渕野 宏子
いやなこと忘れむとして髪洗ふ 春川 園子
緑蔭のベンチに知らぬ者同士 中島 節子
(清記順)