東陽句会(江東区産業会館)
兼題 折句/は・い・い 例句/八月の一樹一樹の祈りかな 舘岡沙緻
印象句
炎昼の破裂しさうな瓦斯タンク 岡崎由美子
【一口鑑賞】「炎昼」は灼けつくような真夏の昼間の暑さ。今年の夏は35℃を超える猛暑日が各地で続出している。そんな日に瓦斯(ガス)タンクを間近に見た作者。「破裂しそうな」という実感に読み手も素直に共鳴する。この句のイメージの喚起力はなかなかのものだ。タンクの形状を思い浮かべると、地球の姿と重なってくる。一歩間違えば第3次世界大戦に発展しかねないロシアのウクライナ侵攻が頭のなかをよぎる。(潔)
ハンガーに捨ても着もせぬサンドレス 中島 節子
浜町河岸粋な浴衣と行き違ふ 中川 照子
背徳に生きし日のあり生身魂 新井 洋子
はらからといつもの店の一夜鮓 山本 潔
駄菓子屋に釣具置かるゝ夏休 安住 正子
さるすべり循環バスのルートA 向田 紀子
山のまた奥に山あり蟬しぐれ 斎田 文子
幽谷に点る出湯の誘蛾灯 新井 紀夫
初蟬の一山一寺一本に 飯田 誠子
初嵐今が大事と家にゐる 岡戸 林風
埋葬の縁者をつつむ蟬時雨 堤 やすこ
箱庭の一本道の家路かな 岡崎由美子
(一口鑑賞)
すみだ句会(すみだ産業会館)
兼題「聞・聴」
印象句
甚平が作務衣ひつぱり碁会所へ 矢島 捷幸
【一口鑑賞】夏の夜には甚平を着て一杯!という人も少なくないだろう。麻や木綿で作られ、単衣で素肌に着る心地良さは捨てがたい。ユニクロや無印良品などでは夏のホームウエアとして人気があるようだ。この句は、甚平姿の人が作務衣を着た人を連れて碁会所へ行くところ。囲碁好きの親方のキャラクターや、しぶりながらついていく職人の姿が想像されて何だか楽しい。俳句は短いが、一場面を切り取ることでときには人間のドラマが見えてくる。(潔)
夏の蝶舞へば耳立て聴導犬 山本 潔
降りさうで降らぬ武蔵野朝曇 松本ゆうき
汀打つ波のかたちに夜光虫 岡戸 林風
手花火の松葉あかあか子らを染む 矢島 捷幸
寄席涼し咄聞かうか眠らうか 貝塚 光子
昼寝覚五体遠くにありにけり 山本 吉徳
朝まだき守宮顔だす植木鉢 工藤 綾子
片蔭に寄り添ふ刻は短くて 大浦 弘子
老鶯の長啼く山路遠ざかる 長澤 充子
青年の佇む花舗やパリー祭 岡崎由美子
(清記順)
かつしか句会(亀有地区センター)
兼題「移」
印象句
立葵今朝は定時のタウンバス 新井 紀夫
【一口鑑賞】「立葵」は西アジア、東欧の原産。日本には室町時代に渡来したとされる。真っ直ぐに伸びた太い茎は2㍍を超え、下から上に順々に花をつけていく。赤やピンク、白、紫など花色は豊富でいかにも夏の花らしい。そんな立葵を眺めていた作者。いつもは遅れがちなタウンバスが時間どおりにやってきたのだ。「今朝は」と強調したところに作者の驚きが伝わってくる。日常のなかのさりげない感動を書きとめた一句。(潔)
ちんぐるま八幡平の風に舞ふ 佐治 彰子
若大将混じる江ノ電夏の潮 近藤 文子
恋螢落ち一天の闇増やす 新井 洋子
七夕のぷつと笑へる願ひ事 小野寺 翠
釣忍横目にすする二八そば 片岡このみ
貧乏を知るや知らずや我鬼忌かな 松本ゆうき
幼稚園バス母を見送る夏の蝶 高橋美智子
通院の道は紅白さるすべり 笛木千恵子
梅雨明けや何かお稽古始めましょ 西村 文華
古民家の移築再生柿若葉 山本 潔
向日葵の迷路を声の走りけり 霜田美智子
揚羽蝶ゆるりと羽を閉じにけり 伊藤 けい
日盛や遺跡に光る移植鏝 五十嵐愛子
夜濯の手もて叩きぬ稽古足袋 千葉 静江
明易しベッドの上でストレッチ 西川 芳子
キャンプの灯消して闇夜の音を聴く 三尾 宣子
(清記順)
若草句会(俳句文学館)
兼題「限」
印象句
山野草咲かせ我が家の山開き 針谷 栄子
【一口鑑賞】「山開き」は霊山信仰から生まれた夏の季語。富士山、大峯山、月山などに、その年初めて入ること。古くは卯月八日に山に登り、山の神を拝む風習があった。さて、この句はそんな季語の本意からはかけ離れているように見える。しかし、作者にとっては信仰の山が今も心のなかにあるのだろう。体力的に登山ができなくなっても、山の安全や平穏を願いながら、自宅の庭の山野草を眺めている作者。「山開き」への思いが込められている。(潔)
白昼の凶弾夏を悲します 山本 潔
胃カメラのあとの夕餉の大鰻 市原 久義
四万六千日電気ブランの軽い酔ひ 新井 紀夫
箱庭や石ひとつ足し名園に 新井 洋子
羅にとほす鋼の心意気 針谷 栄子
父と子の影近づき来簾越し 石田 政江
限りある道と思ほゆ沙羅の雨 沢渡 梢
万緑の幼の一歩光あれ 吉﨑 陽子
坂多き街に住みけり鷗外忌 松本ゆうき
耐へるのも限界ですよこの酷暑 安住 正子
限定の一書手元に夕端居 岡戸 林風
青葉若葉匂ふ木椅子のにぎり飯 飯田 誠子
(清記順)
連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「島」
印象句
猛暑日やテーブルに水2リットル 春川 園子
【一口鑑賞】この夏は観測史上最速で梅雨が明けると同時に、いきなり猛暑がやってきた。東京では6月25日から9日連続の猛暑日(最高気温35度以上)となり、2015年に記録した8日連続を抜いた。この句は、さりげない詠みぶりだが、テーブルに置かれた2リットルの水が作者の心情を端的に表している。病気で思うように動けない作者。家の中でも熱中症になる人が多いことから、水を飲むよう心がけているのだろう。猛暑に直面した緊張感が伝わってくる。(潔)
爪たてて卒寿の髪を洗ひけり 坪井 信子
あつぱつぱ島の女によく似合ふ 松本ゆうき
くちなしの花の重たき異人墓地 飯田 誠子
軒低き京島の路地夏の月 松成 英子
飴細工母と選びし夜店かな 渕野 宏子
島陰へ小舟消えゆく朝曇り 向田 紀子
再会の夏や浦島太郎めく 中島 節子
麦の風学生馬を洗ひをり 束田 央枝
島風やはちみつ色のかき氷 山本 潔
山鳩の声に目覚める半夏生 横山 靖子
(清記順)
船橋句会(船橋市勤労市民センター)
兼題「折」
印象句
夏座敷紙ヒコーキを折る兄と 沢渡 梢
【一口鑑賞】兼題「折」の文字を詠み込んだ一句。子どものころの思い出だろう。紙ヒコーキを折るお兄さんと一緒に遊ぶ作者の様子が容易に想像できる。文字の詠み込みでは、こうしたシーンをシンプルに描くことが有効だ。それが決まれば、あとはどんな季語を用いていかに演出するか。この句は「夏座敷」という舞台設定で、二人の表情や周囲の景色が具体的に見えてくる。もちろん読者は自分自身の記憶の中にある「夏座敷」を想像すればいい。(潔)
静寂を破る尾長や青楓 新井 紀夫
香水がエレベーターを降りてきぬ 市原 久義
もろもろの事はあしたに合歓の花 矢島 捷幸
亡き母のつばのほぐれし麦藁帽 三宅のり子
うすばかげろふ水面に影を落としたる 山本 潔
ひまはりや戦車は嫌と子どもたち 飯塚 とよ
来し方は九十九折なり雲の峰 川原 美春
茄子の花昭和の残る下総屋 並木 幸子
篁の風折々に夏つばめ 岡戸 林風
時折の涼風池のしじら波 安住 正子
「鳥獣戯画」の帯の白黒半夏生 針谷 栄子
(清記順)