『花暦』平成25年3月号ダイジェスト
暦日抄 舘岡沙緻
祈りへと砂利踏む音に雪つのる
雪被く鐘撞堂に鐘の無く
ひそと来てうづくまる猫寒の鯉
凍蝶の終の影とし消えやすし
煮凝や生き死にのこと捨てておく
晩年や雪消えし道残る道
寒月下わが命終はどの辺り
洗顔の寒の水手に生き抜かむ
素うどんの熱きを口に風邪ごこち
寒いよよ生きる証しのペン・句帳
あくびして目尻に涙寒灯
余生とは白侘助の蕾満ち
春立つや肝の臓をばまたも焼く
冬薔薇の一蕾の紅入院す
老舗古書店ラーメン屋となる冬の町
〔Web版限定鑑賞〕我々は日常の中で、見ているようで見ていないことが意外に多いものだ。しかし、何気ない発見こそ格好の句材になる。「雪被(かづ)く鐘撞堂に鐘の無く」はまさにそんな句。見慣れた寺の前で雪が屋根に積もった鐘撞堂に目が止まった。よく見ると鐘がない。鐘は前からなかったのだろうか。雪が降らなければ、ずっとそれに気付かないままだったかもしれない。「鐘の無く」という不安定な着地がそう感じさせる。「老舗古書店ラーメン屋となる冬の町」もよくあること。移ろいやすい町の有り様を目敏く句にした。「洗顔の寒の水手に生き抜かむ」は日常吟。冷たい水で顔を洗うと体温調節機能が活発になり、体調管理には良いらしい。ましてや「寒の水」は薬になるといわれるくらいだから格別だ。「余生とは白侘助の蕾満ち」。侘助は椿に似た小ぶりの白い花をつける。蕾が開いた後の、なおもひっそりとした佇まいを思い、自らを重ね合わせている。「余生とは白」は八十路を生きる主宰の人生哲学。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
冬鵙の朝の荒鳴き山曇る(野村えつ子)
七草籠の長柄うれしき重さかな(向田紀子)
数へ日や八坂神社は燈の社(新井洋子)
蓮枯れて風を捉へるもののなき(坪井信子)
止まれば濁らむ水の寒さかな(高久智恵江)
寄鍋や壁いつぱいの大漁旗(岡戸良一)
竹林の葉ずれの音も寒露かな(虫明みどり)
何もせぬ湯疲れの身や三日過ぐ(針谷栄子)
木枯や舗道に残る油染み(工藤綾子)
池の水匂ふ山寺雪催(森永則子)
落葉溜りとなりし水無きプール底(大野ひろし)
寒鯉の水の重さに動かざる(鶴巻雄風)
山影に色失へる冬桜(山本潔)
雪が拭ひ雲一つなき青さかな(畑中一成)
印象句から
家苞を「赤福」と決め初旅へ(土屋天心)
年重ね決意をしるす初日記(吉崎陽子)
妹入りて流れよくなる手毬唄(松川和子)
鴨川の浅き流れや寒の内(福岡弘子)
大屋根の谷中寺町寒日和(梅林勝江)
路地裏の日向もとめて冬の猫(梅津雪江)
小さき池今日は水なく鴨もゐず(小西共仔)
玩具屋の隅に一つの福笑ひ(山崎正子)
もう誰も使はぬ農具冬ざるる(鈴木正子)
追ひ越せぬ前を行く娘の春著かな(長谷川きよ子)
下戸上戸句友はいかに年忘れ(小泉千代)
はためける大漁旗の先松飾り(田崎悦子)
七十路の胸の深きへ除夜の鐘(馬場直子)
白妙の山ふつくらと初日の出(小池禮子)
■ 『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■ 舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【25年3月の活動予定】
5日(火)さつき句会(白髭)
7日(木)花暦十五周年祝賀会
8日(金)板橋句会(中板橋)
9日(土)若草句会(俳句文学館)
12日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
13日(水)連雀句会(三鷹)
16日(土)木場句会(江東区産業会館)
22日(金)花暦例会・天城合同句会(俳句文学館)
27日(水)花暦すみだ句会(すみだ産業会館)
祈りへと砂利踏む音に雪つのる
雪被く鐘撞堂に鐘の無く
ひそと来てうづくまる猫寒の鯉
凍蝶の終の影とし消えやすし
煮凝や生き死にのこと捨てておく
晩年や雪消えし道残る道
寒月下わが命終はどの辺り
洗顔の寒の水手に生き抜かむ
素うどんの熱きを口に風邪ごこち
寒いよよ生きる証しのペン・句帳
あくびして目尻に涙寒灯
余生とは白侘助の蕾満ち
春立つや肝の臓をばまたも焼く
冬薔薇の一蕾の紅入院す
老舗古書店ラーメン屋となる冬の町
〔Web版限定鑑賞〕我々は日常の中で、見ているようで見ていないことが意外に多いものだ。しかし、何気ない発見こそ格好の句材になる。「雪被(かづ)く鐘撞堂に鐘の無く」はまさにそんな句。見慣れた寺の前で雪が屋根に積もった鐘撞堂に目が止まった。よく見ると鐘がない。鐘は前からなかったのだろうか。雪が降らなければ、ずっとそれに気付かないままだったかもしれない。「鐘の無く」という不安定な着地がそう感じさせる。「老舗古書店ラーメン屋となる冬の町」もよくあること。移ろいやすい町の有り様を目敏く句にした。「洗顔の寒の水手に生き抜かむ」は日常吟。冷たい水で顔を洗うと体温調節機能が活発になり、体調管理には良いらしい。ましてや「寒の水」は薬になるといわれるくらいだから格別だ。「余生とは白侘助の蕾満ち」。侘助は椿に似た小ぶりの白い花をつける。蕾が開いた後の、なおもひっそりとした佇まいを思い、自らを重ね合わせている。「余生とは白」は八十路を生きる主宰の人生哲学。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
冬鵙の朝の荒鳴き山曇る(野村えつ子)
七草籠の長柄うれしき重さかな(向田紀子)
数へ日や八坂神社は燈の社(新井洋子)
蓮枯れて風を捉へるもののなき(坪井信子)
止まれば濁らむ水の寒さかな(高久智恵江)
寄鍋や壁いつぱいの大漁旗(岡戸良一)
竹林の葉ずれの音も寒露かな(虫明みどり)
何もせぬ湯疲れの身や三日過ぐ(針谷栄子)
木枯や舗道に残る油染み(工藤綾子)
池の水匂ふ山寺雪催(森永則子)
落葉溜りとなりし水無きプール底(大野ひろし)
寒鯉の水の重さに動かざる(鶴巻雄風)
山影に色失へる冬桜(山本潔)
雪が拭ひ雲一つなき青さかな(畑中一成)
印象句から
家苞を「赤福」と決め初旅へ(土屋天心)
年重ね決意をしるす初日記(吉崎陽子)
妹入りて流れよくなる手毬唄(松川和子)
鴨川の浅き流れや寒の内(福岡弘子)
大屋根の谷中寺町寒日和(梅林勝江)
路地裏の日向もとめて冬の猫(梅津雪江)
小さき池今日は水なく鴨もゐず(小西共仔)
玩具屋の隅に一つの福笑ひ(山崎正子)
もう誰も使はぬ農具冬ざるる(鈴木正子)
追ひ越せぬ前を行く娘の春著かな(長谷川きよ子)
下戸上戸句友はいかに年忘れ(小泉千代)
はためける大漁旗の先松飾り(田崎悦子)
七十路の胸の深きへ除夜の鐘(馬場直子)
白妙の山ふつくらと初日の出(小池禮子)
■ 『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■ 舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【25年3月の活動予定】
5日(火)さつき句会(白髭)
7日(木)花暦十五周年祝賀会
8日(金)板橋句会(中板橋)
9日(土)若草句会(俳句文学館)
12日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
13日(水)連雀句会(三鷹)
16日(土)木場句会(江東区産業会館)
22日(金)花暦例会・天城合同句会(俳句文学館)
27日(水)花暦すみだ句会(すみだ産業会館)
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