『花暦』ダイジェスト/平成26年4月号
暦日抄 舘岡沙緻
早春の空に音する祝ひごと
三月や街角の花舗地を濡らし
祝ぎごとの花を頒ちし春の興
暖房や正面玄関玻璃一枚
白壁に暮色や春の情とも
老いて知る夫無き思ひ雪後の夜
高階に住む身雛の灯をこぼす
父在さばミルクセーキを春浅し
春寒や湯の湧く宿のひとり膳
山葵田へつづく吊橋崖迫り
水際までの起居ゆるやか芦の角
蕗味噌や川を隔てし里ごころ
灯台へ送電線や彼岸潮
髪切つて春愁の身を軽くせる
浅春や割付表に朱の線
〔Web版特別鑑賞〕俳句では切れ字が重要な役割を果たしている。作者の感動をたった17音で伝えるには、切れ字を有効に使うことが必要だ。今月の暦日抄では、「〜や」で切れる句が15句中に七つもある。「かな」「けり」を使った句は一つもないから、早春の感動を意識的に「や」の響きに託して詠い込んだとみていいだろう。「浅春や割付表に朱の線」は、上五の季語に「や」を付けた俳句の典型。2月頃のまだまだ寒さを感じる編集部での光景か。句誌の割付表に入れた朱色の線が浮き立ってくる。「灯台へ送電線や彼岸潮」は、中七を「や」で切って、下五を季語で止める型。まるで一枚のモノクロ写真を見ているようだ。2句とも動詞を使わずに、巧みに眼前の景を切り取った。逆に「春寒や湯の湧く宿のひとり膳」は、「湯宿」を「湯の湧く宿」と丁寧に詠うことで「春寒」との対比が鮮明になっている。「白壁に暮色や春の情とも」は、句の真ん中に「や」を入れた変則的な詠み方。白壁に当たる夕日に春の風情を感じ取っている。こうした技巧をこらしながらも、すっと読ませるところが沙緻俳句の魅力の一つ。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
回廊に全山の冷え永平寺(野村えつ子)
養生のでこぼこ芝に春の霜(中島節子)
潮騒や市の煮凝灯に透けて(新井洋子)
笹原へ寒禽声を落としけり(坪井信子)
春泥のどうにもならぬ厩舎前(高久智恵江)
鷹匠の黒地下足袋に黒脚絆(束田央枝)
焙烙は家のどこかに福は内(岡戸良一)
寒蜆佃住まひも古りにけり(斎田文子)
女正月家籠りして果てにけり(針谷栄子)
浜の駅焼海苔の香の風にのる(飯田誠子)
石膏の少年の像冬の雨(大野ひろし)
骨董のタイプライター寒の雨(山本 潔)
図書館の門燈点る冬桜(貝塚光子)
竹垣の男結びや寒牡丹(長澤充子)
花暦祝賀句会主宰選
【天】花曇り句誌ゆるやかに継ぎゆかむ(向田紀子)
【地】潜きては己に返る春の鴨(加藤弥子)
【人】紅梅や俳句の月日経ちやすく(堤 靖子)
特 春潮を汲まむと傾ぐ北斗星(相澤秋生)
〃 この道の縁つなぐや花の雲(吉崎陽子)
〃 抽斗より溢る薄紅春ショール(岡崎由美子)
〃 囀りにまづは一歩や祝の朝(山本 潔)
〃 春光の差して明るき斜面林(森永則子)
〃 梢みな天向き春を待つこころ(秋山光枝)
〃 亀鳴けり白寿の母の眠りぐせ(橘 俳路)
〃 掘割にさざ波光り木の芽風(根本莫生)
〃 雪を着てぷつと息はく浅間山(横山靖子)
〃 硝子戸の重き古書店花ミモザ(岡田須賀子)
■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【26年4月の活動予定】
1日(火)さつき句会(白髭)
3日(木)花暦一木会(日比谷公園その他)
5日(土)秋冬会(事務所)
8日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
花暦吟行会(真間山弘法寺とその界隈)
9日(水)連雀句会(三鷹)
10日(木)舘花会(事務所)
12日(土)若草句会(俳句文学館)
14日(月)舘花会(事務所)
17日(木)板橋区会(中板橋)
21日(月)花暦例会(俳句文学館)
23日(水)花暦すみだ句会(すみだ産業会館)
25日(金)天城句会(俳句文学館)
26日(土)木場句会(江東区産業会館)
早春の空に音する祝ひごと
三月や街角の花舗地を濡らし
祝ぎごとの花を頒ちし春の興
暖房や正面玄関玻璃一枚
白壁に暮色や春の情とも
老いて知る夫無き思ひ雪後の夜
高階に住む身雛の灯をこぼす
父在さばミルクセーキを春浅し
春寒や湯の湧く宿のひとり膳
山葵田へつづく吊橋崖迫り
水際までの起居ゆるやか芦の角
蕗味噌や川を隔てし里ごころ
灯台へ送電線や彼岸潮
髪切つて春愁の身を軽くせる
浅春や割付表に朱の線
〔Web版特別鑑賞〕俳句では切れ字が重要な役割を果たしている。作者の感動をたった17音で伝えるには、切れ字を有効に使うことが必要だ。今月の暦日抄では、「〜や」で切れる句が15句中に七つもある。「かな」「けり」を使った句は一つもないから、早春の感動を意識的に「や」の響きに託して詠い込んだとみていいだろう。「浅春や割付表に朱の線」は、上五の季語に「や」を付けた俳句の典型。2月頃のまだまだ寒さを感じる編集部での光景か。句誌の割付表に入れた朱色の線が浮き立ってくる。「灯台へ送電線や彼岸潮」は、中七を「や」で切って、下五を季語で止める型。まるで一枚のモノクロ写真を見ているようだ。2句とも動詞を使わずに、巧みに眼前の景を切り取った。逆に「春寒や湯の湧く宿のひとり膳」は、「湯宿」を「湯の湧く宿」と丁寧に詠うことで「春寒」との対比が鮮明になっている。「白壁に暮色や春の情とも」は、句の真ん中に「や」を入れた変則的な詠み方。白壁に当たる夕日に春の風情を感じ取っている。こうした技巧をこらしながらも、すっと読ませるところが沙緻俳句の魅力の一つ。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
回廊に全山の冷え永平寺(野村えつ子)
養生のでこぼこ芝に春の霜(中島節子)
潮騒や市の煮凝灯に透けて(新井洋子)
笹原へ寒禽声を落としけり(坪井信子)
春泥のどうにもならぬ厩舎前(高久智恵江)
鷹匠の黒地下足袋に黒脚絆(束田央枝)
焙烙は家のどこかに福は内(岡戸良一)
寒蜆佃住まひも古りにけり(斎田文子)
女正月家籠りして果てにけり(針谷栄子)
浜の駅焼海苔の香の風にのる(飯田誠子)
石膏の少年の像冬の雨(大野ひろし)
骨董のタイプライター寒の雨(山本 潔)
図書館の門燈点る冬桜(貝塚光子)
竹垣の男結びや寒牡丹(長澤充子)
花暦祝賀句会主宰選
【天】花曇り句誌ゆるやかに継ぎゆかむ(向田紀子)
【地】潜きては己に返る春の鴨(加藤弥子)
【人】紅梅や俳句の月日経ちやすく(堤 靖子)
特 春潮を汲まむと傾ぐ北斗星(相澤秋生)
〃 この道の縁つなぐや花の雲(吉崎陽子)
〃 抽斗より溢る薄紅春ショール(岡崎由美子)
〃 囀りにまづは一歩や祝の朝(山本 潔)
〃 春光の差して明るき斜面林(森永則子)
〃 梢みな天向き春を待つこころ(秋山光枝)
〃 亀鳴けり白寿の母の眠りぐせ(橘 俳路)
〃 掘割にさざ波光り木の芽風(根本莫生)
〃 雪を着てぷつと息はく浅間山(横山靖子)
〃 硝子戸の重き古書店花ミモザ(岡田須賀子)
■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【26年4月の活動予定】
1日(火)さつき句会(白髭)
3日(木)花暦一木会(日比谷公園その他)
5日(土)秋冬会(事務所)
8日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
花暦吟行会(真間山弘法寺とその界隈)
9日(水)連雀句会(三鷹)
10日(木)舘花会(事務所)
12日(土)若草句会(俳句文学館)
14日(月)舘花会(事務所)
17日(木)板橋区会(中板橋)
21日(月)花暦例会(俳句文学館)
23日(水)花暦すみだ句会(すみだ産業会館)
25日(金)天城句会(俳句文学館)
26日(土)木場句会(江東区産業会館)
- 関連記事
-
- 『花暦』ダイジェスト/平成26年5月号 (2014/05/06)
- 『花暦』ダイジェスト/平成26年4月号 (2014/03/30)
- 『花暦』ダイジェスト/平成26年3月号 (2014/03/02)