『花暦』ダイジェスト/平成26年12月号
暦日抄 舘岡沙緻
葉の先は弥陀の指先野水仙
色はいらない濃緑の野水仙
燈下親し更けて白壁額鏡
燈下親ししまひ忘れし口紅の筆
口に触れし新酒に生命惜しみけり
冬の夜や身体髪膚横たへて
切りもなく増えゆく癌や年の逝く
吾妻渓谷
八十路病む渓谷のはや紅葉して
惜しみ踏むダム底となる紅葉橋
眼鏡落ちさう欄干よりの紅葉峡
ダム底へ紅葉の元湯宿庇
紅葉宿に移転の大書人住まず
冬いよよダム造成地に測量士
箱そばの走りの細く紅葉晴
枇杷の葉の打ち重なりて十二月
〔Web版特別鑑賞〕俳句はふとした瞬間に生まれるものだ。「写生が大事」とはよく言われるが、目の前のものをただスケッチするだけではなかなかいい句にはならない。風景や物と対峙した時に、五感を通じて自分の内に生じる思いを言葉でつかみ取ること。それが写生だと思う。<眼鏡落ちさう欄干よりの紅葉峡>。作者は今、展望台から紅葉に染まる吾妻渓谷を見ている。手すりに近寄ると立ちすくむような高さだったのだろう。「眼鏡が落ちそう」という体感を言葉でつかんだ瞬間に一句は成った。字余りが緊迫感を生んでいる。<箱そばの走りの細く紅葉晴>。この句もそばの「細さ」を五感で捉えた。「紅葉晴」から初物のそばを味わう楽しさが伝わってくる。
吾妻渓谷といえば、八ッ場ダム建設によって、風景の一部が消失するほか付近の温泉街も湖の底に沈むことになる。<冬いよよダム造成地に測量士>。政争の具となり、建設反対の声は今もあるが、冬を迎えた現地では測量士が黙々と仕事をしている。そんな人間社会の営みを、この句は客観的に書きとめた。
いつしか季節は冬。俳句を始めて以来、季節の移り変わりが楽しくなった。<枇杷の葉の打ち重なりて十二月>。枇杷は常緑高木。冬に白い花をつけるが、高い位置にあるのであまり目立たない。葉が打ち重なり、雑然とした様子に「十二月」を感じている。枇杷の葉には自然治癒力を高める効果があるという。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
急流を分かつ中州の曼珠沙華(野村えつ子)
鎌倉に和服の人や秋深む(春川園子)
花茗荷摘みしばかりの湿りかな(岡崎由美子)
加賀友禅の花嫁のれん秋の晴(中島節子)
三日見ぬ間の曼珠沙華曼珠沙華(新井洋子)
石榴紅し戦後を耐へて存へて(坪井信子)
藍甕に藍の濃くなる良夜かな(高久智恵江)
豪農の秋炉の上の隠し倉(針谷栄子)
アメ横路地に口紅濃き女秋彼岸(森永則子)
鳥翔ちて釣瓶落しの水面かな(山本 潔)
城壁へ風昇りゆく新松子(岡田須賀子)
貝を焼く浜辺の匂ひ島の秋(工藤綾子)
ところ得し句碑や色なき風を添へ(安住正子)
池の面に散りし白萩浮くばかり(長澤充子)
印象句より
宿坊の黒き塗膳零余子飯(市原久義)
新蕎麦や白き磁肌の出石焼(松成英子)
もろともに命いただき鳥渡る(横山靖子)
小鳥来て羽咋の山気緩みける(矢野くにこ)
赤のまま孫子の居らぬ一人住み(小泉千代)
どの木にも静けさのあり今朝の秋(馬場直子)
蕎麦を刈る腰より老のはじまりぬ(鶴巻雄風)
兵学校跡地一面秋ざくら(長野克俊)
■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【26年12月の活動予定】
1日(月)花暦吟行会(亀戸天神社および小灼)
2日(火)さつき句会(事務所)
6日(土)秋冬会(事務所)
8日(月)舘花会(事務所)
9日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
10日(水)連雀句会(事務所)
11日(木)舘花会(事務所)
13日(土)若草句会(俳句文学館)
15日(月)花暦例会・天城合同句会(俳句文学館)
20日(土)木場句会(江東区産業会館)
24日(水)花暦すみだ句会(すみだ産業会館)
葉の先は弥陀の指先野水仙
色はいらない濃緑の野水仙
燈下親し更けて白壁額鏡
燈下親ししまひ忘れし口紅の筆
口に触れし新酒に生命惜しみけり
冬の夜や身体髪膚横たへて
切りもなく増えゆく癌や年の逝く
吾妻渓谷
八十路病む渓谷のはや紅葉して
惜しみ踏むダム底となる紅葉橋
眼鏡落ちさう欄干よりの紅葉峡
ダム底へ紅葉の元湯宿庇
紅葉宿に移転の大書人住まず
冬いよよダム造成地に測量士
箱そばの走りの細く紅葉晴
枇杷の葉の打ち重なりて十二月
〔Web版特別鑑賞〕俳句はふとした瞬間に生まれるものだ。「写生が大事」とはよく言われるが、目の前のものをただスケッチするだけではなかなかいい句にはならない。風景や物と対峙した時に、五感を通じて自分の内に生じる思いを言葉でつかみ取ること。それが写生だと思う。<眼鏡落ちさう欄干よりの紅葉峡>。作者は今、展望台から紅葉に染まる吾妻渓谷を見ている。手すりに近寄ると立ちすくむような高さだったのだろう。「眼鏡が落ちそう」という体感を言葉でつかんだ瞬間に一句は成った。字余りが緊迫感を生んでいる。<箱そばの走りの細く紅葉晴>。この句もそばの「細さ」を五感で捉えた。「紅葉晴」から初物のそばを味わう楽しさが伝わってくる。
吾妻渓谷といえば、八ッ場ダム建設によって、風景の一部が消失するほか付近の温泉街も湖の底に沈むことになる。<冬いよよダム造成地に測量士>。政争の具となり、建設反対の声は今もあるが、冬を迎えた現地では測量士が黙々と仕事をしている。そんな人間社会の営みを、この句は客観的に書きとめた。
いつしか季節は冬。俳句を始めて以来、季節の移り変わりが楽しくなった。<枇杷の葉の打ち重なりて十二月>。枇杷は常緑高木。冬に白い花をつけるが、高い位置にあるのであまり目立たない。葉が打ち重なり、雑然とした様子に「十二月」を感じている。枇杷の葉には自然治癒力を高める効果があるという。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
急流を分かつ中州の曼珠沙華(野村えつ子)
鎌倉に和服の人や秋深む(春川園子)
花茗荷摘みしばかりの湿りかな(岡崎由美子)
加賀友禅の花嫁のれん秋の晴(中島節子)
三日見ぬ間の曼珠沙華曼珠沙華(新井洋子)
石榴紅し戦後を耐へて存へて(坪井信子)
藍甕に藍の濃くなる良夜かな(高久智恵江)
豪農の秋炉の上の隠し倉(針谷栄子)
アメ横路地に口紅濃き女秋彼岸(森永則子)
鳥翔ちて釣瓶落しの水面かな(山本 潔)
城壁へ風昇りゆく新松子(岡田須賀子)
貝を焼く浜辺の匂ひ島の秋(工藤綾子)
ところ得し句碑や色なき風を添へ(安住正子)
池の面に散りし白萩浮くばかり(長澤充子)
印象句より
宿坊の黒き塗膳零余子飯(市原久義)
新蕎麦や白き磁肌の出石焼(松成英子)
もろともに命いただき鳥渡る(横山靖子)
小鳥来て羽咋の山気緩みける(矢野くにこ)
赤のまま孫子の居らぬ一人住み(小泉千代)
どの木にも静けさのあり今朝の秋(馬場直子)
蕎麦を刈る腰より老のはじまりぬ(鶴巻雄風)
兵学校跡地一面秋ざくら(長野克俊)
■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【26年12月の活動予定】
1日(月)花暦吟行会(亀戸天神社および小灼)
2日(火)さつき句会(事務所)
6日(土)秋冬会(事務所)
8日(月)舘花会(事務所)
9日(火)花暦幸の会(すみだ産業会館)
10日(水)連雀句会(事務所)
11日(木)舘花会(事務所)
13日(土)若草句会(俳句文学館)
15日(月)花暦例会・天城合同句会(俳句文学館)
20日(土)木場句会(江東区産業会館)
24日(水)花暦すみだ句会(すみだ産業会館)
- 関連記事
-
- 『花暦』ダイジェスト 平成27年1月号 (2015/01/01)
- 『花暦』ダイジェスト/平成26年12月号 (2014/11/29)
- 『花暦」ダイジェスト/平成26年11月号 (2014/11/02)