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『花暦」ダイジェスト/平成27年7月号

暦日抄   舘岡沙緻

母恋ふや卓袱台茶筒蓬餅
剪定の葉は錆び病む身曝しをり
雨催ふ一灯増やす夏灯
きつぱりと麦刈りし跡嶺々迫り
電光板の診察番号五月果つ
青梅のつづけざま落ちプレス音
家移り済みたる都忘れかな
卯の花腐し白黒写真捨てられず


〔Web版特別鑑賞〕我々は主宰から「俳句は自然をよく観察して、物に即して感動を詠むものだ」と教えられる。日常の中の一コマを17音の最短詩として描写する際、出来事を事細かに説明していたのではとても字数が足りない。そんなときに極めて有効なのが「物で押さえる」という俳句独特の表現法である。<雨催ふ一灯増やす夏灯>。雨が降り出しそうになると、ふいに家の中も暗くなる。この時期の「雨催ふ」には梅雨寒のような感じもあったのだろう。ましてや独り住いの家の中は寂しいものだ。この句では物としての「一灯」が作者の心情を巧みに映し出している。
 <卯の花腐し白黒写真捨てられず>。この句も「白黒写真(アルバム)」という物が登場する。最初、句会では「捨て惜しむ黒白写真春の雨」として出された。これでも引っ越しの荷造りの情景が十分浮かんでくる。アルバムをめくれば懐かしい思い出が…。窓の外のしっとりと降る「春の雨」も叙情的だ。しかし推敲によって、「捨て惜しむ」は「捨てられず」と、より断定的な表現になった。さらに季語が「卯の花腐し」に変わった。情緒的な「春の雨」よりも、陰鬱な感じのする「卯の花腐し」の方がこのときの心情にマッチしているということだろう。このように推敲の跡を辿ってみることは大いに勉強になる。
 <きつぱりと麦刈りし跡嶺々迫り>は上州方面だろうか。連山を背にして広がる田園地帯に、そこだけがきれいに刈られた麦畑。何だか故郷の懐かしい風景が蘇ってくるようだ。青々とした麦が刈られてしまった後の少し寂しい感じとの対比という意味でも、「きっぱりと」という上五の措辞が効いている。(潔)

舘花集・秋冬集・春夏集抄
我をとほす一歳半や鯉幟(向田紀子)
日和得て春は一気に佐久平(新井洋子)
急流へ紅を乱さず落椿(坪井信子)
川波の育てしものに葦の角(高久智恵江)
少年院の桜満開とて寂し(束田央枝)
麦青む利根の鉄橋越えしより(岡戸良一)
乗り継ぎの駅前茶房リラの冷(中村京子)
海鳴や三百年の松の芯(飯田誠子)
きりしまや溶岩原黒く雨に濡れ(森永則子)
逆光の二人膝まで春の波(大野ひろし)
対岸の青蘆へ波勢ひをり(工藤綾子)
ふるさとは山坂多し鯉のぼり(長野紀子)
石庭に心遊ばす昭和の日(高橋郁子)
裏門の鉄扉錆びゐし竹の秋(長澤充子)

■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。


会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻

お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
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Author:艸俳句会
艸俳句会のWeb版句会報。『艸』(季刊誌)は2020年1月創刊。
「艸」は「草」の本字で、草冠の原形です。二本の草が並んで生えている様を示しており、草本植物の総称でもあります。俳句を愛する人には親しみやすい響きを持った言葉です。

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