『花暦』ダイジェスト/平成28年1月号
暦日抄 舘岡沙緻
冬芝の起伏やさしや辰雄書庫
車椅子の膝に紅葉の降りかかり
冬いよよ万平ホテルの木の匂ひ
夕暮の昏さが好きで冬が好き
いつしかに十一月や眠りぐせ
わが癌に十一月の野水仙
母の忌の冬のあんみつ二つ三つ
〔Web版特別鑑賞〕新しい年が明けた。今年は申(さる)年。猿と言えば「見ざる・聞かざる・言わざる」が思い浮かぶ。日光東照宮の三猿像は世界的にも有名だ。一方、昨年の「花暦」の吟行でも行った秩父神社では「お元気三猿」の彫り物が親しまれている。「よく見て、よく聞き、よく話そう」という仕草に愛嬌がある。通常の三猿と意味合いは正反対だが、俳句にはこの「お元気三猿」がぴったりだと思う。「よく見て」は写生そのもの、「よく聞き」は心の声に耳を傾けること、「よく話そう」は語り合う(鑑賞する)こと。そう考えると合点が行く。
<夕暮の昏さが好きで冬が好き>。冬の夕暮れを見ているのだが、「お元気三猿」で言えば、「よく聞き」の句だろうか。主宰は80代半ばになり、人生の冬を感じている。それをあえて「好き」だという。現代風に言うなら「ポジティブ(前向き)」。自問自答して聞こえた心の声を捉えて一句に仕立てた。
<冬芝の起伏やさしや辰雄書庫>は軽井沢の堀辰雄文学記念館。辰雄の終の住まいや、死の10日前に完成した書庫が展示されている。<車椅子の膝に紅葉の降りかかり><冬いよよ万平ホテルの木の匂ひ>と併せ、冬に向かう軽井沢の吟行句。「よく見て」詠う主宰の作句スタイルは健在だ。
<母の忌の冬のあんみつ二つ三つ>。俳句は鑑賞されることによって完成する。この句は「冬のあんみつ」が議論の的になりそうだ。「あんみつ」は夏の季語。これを「冬のあんみつ」と表現したところに、この句の眼目がある。ガチガチの伝統俳句派には「冬のあんみつ」を受け入れられない人がいるかもしれない。しかし、あんみつ好きだった母親を偲ぶ句としては外せないと思う。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
木枯一号陳列棚に猫のゐて(岡崎由美子)
霜降や高階に棲む籠の鳥(中島節子)
秋惜しむ前に後に水の声(堤 靖子)
ブックカバーは松阪木綿火恋し(向田紀子)
手に掬ふ水のかたちや秋澄める(新井洋子)
虫の声絶えて水音風の音(坪井信子)
独眼竜の像に北吹く奥州路(高橋梅子)
九条葱たつぷり入れて古都気分(中村京子)
秋収め畔に煤けし一斗缶(森永則子)
瀬戸内の音なき島の星月夜(大野ひろし)
鳴けるだけ鳴いて幹替ふ法師蝉(田 澄夫)
ひめつばき奥へ誘ふ長屋門(松川和子)
体育の日犬とウォーク猫とヨガ(市原久義)
強き腕頼りて下りし紅葉谷(福岡弘子)
■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
冬芝の起伏やさしや辰雄書庫
車椅子の膝に紅葉の降りかかり
冬いよよ万平ホテルの木の匂ひ
夕暮の昏さが好きで冬が好き
いつしかに十一月や眠りぐせ
わが癌に十一月の野水仙
母の忌の冬のあんみつ二つ三つ
〔Web版特別鑑賞〕新しい年が明けた。今年は申(さる)年。猿と言えば「見ざる・聞かざる・言わざる」が思い浮かぶ。日光東照宮の三猿像は世界的にも有名だ。一方、昨年の「花暦」の吟行でも行った秩父神社では「お元気三猿」の彫り物が親しまれている。「よく見て、よく聞き、よく話そう」という仕草に愛嬌がある。通常の三猿と意味合いは正反対だが、俳句にはこの「お元気三猿」がぴったりだと思う。「よく見て」は写生そのもの、「よく聞き」は心の声に耳を傾けること、「よく話そう」は語り合う(鑑賞する)こと。そう考えると合点が行く。
<夕暮の昏さが好きで冬が好き>。冬の夕暮れを見ているのだが、「お元気三猿」で言えば、「よく聞き」の句だろうか。主宰は80代半ばになり、人生の冬を感じている。それをあえて「好き」だという。現代風に言うなら「ポジティブ(前向き)」。自問自答して聞こえた心の声を捉えて一句に仕立てた。
<冬芝の起伏やさしや辰雄書庫>は軽井沢の堀辰雄文学記念館。辰雄の終の住まいや、死の10日前に完成した書庫が展示されている。<車椅子の膝に紅葉の降りかかり><冬いよよ万平ホテルの木の匂ひ>と併せ、冬に向かう軽井沢の吟行句。「よく見て」詠う主宰の作句スタイルは健在だ。
<母の忌の冬のあんみつ二つ三つ>。俳句は鑑賞されることによって完成する。この句は「冬のあんみつ」が議論の的になりそうだ。「あんみつ」は夏の季語。これを「冬のあんみつ」と表現したところに、この句の眼目がある。ガチガチの伝統俳句派には「冬のあんみつ」を受け入れられない人がいるかもしれない。しかし、あんみつ好きだった母親を偲ぶ句としては外せないと思う。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
木枯一号陳列棚に猫のゐて(岡崎由美子)
霜降や高階に棲む籠の鳥(中島節子)
秋惜しむ前に後に水の声(堤 靖子)
ブックカバーは松阪木綿火恋し(向田紀子)
手に掬ふ水のかたちや秋澄める(新井洋子)
虫の声絶えて水音風の音(坪井信子)
独眼竜の像に北吹く奥州路(高橋梅子)
九条葱たつぷり入れて古都気分(中村京子)
秋収め畔に煤けし一斗缶(森永則子)
瀬戸内の音なき島の星月夜(大野ひろし)
鳴けるだけ鳴いて幹替ふ法師蝉(田 澄夫)
ひめつばき奥へ誘ふ長屋門(松川和子)
体育の日犬とウォーク猫とヨガ(市原久義)
強き腕頼りて下りし紅葉谷(福岡弘子)
■『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。24年、俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
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