『花暦』平成24年9月号ダイジェスト
暦日抄 舘岡沙緻
一木会谷中にて
墓所墓域谷中寺町星祭
陸橋よりの知らぬ町空星迎へ
仕舞屋に画展ポスター梅雨深し
露草や江戸より守りて坂暮らし
エスカレーター丸見えホテル冷房裡
再び入院
蛍火か夜の病廊の戸口の灯
見舞籠に向日葵生きる力得し
注射痕の身を棒立ちにシャワー浴ぶ
埼玉にて
うすれゆく血縁風の柳蘭
青蘆は鉄壁雨後の川勢ふ
昭和悲歌(エレジー)退院の日は広島忌
「美しき村」を曝書す病み上り
書を曝すといへど身辺五・六冊
蕁麻(いらくさ)の波立つ先のとんぼかな
枇杷の葉に夕風夏の果てむとす
〔Web版限定鑑賞〕『花暦』のモットーは「写生第一」。日頃、主宰は「吟行をして写生を磨くことが大事」と話し、傘寿を過ぎた今も自ら実践している。今月の暦日抄では、東京・谷中の吟行句が冒頭に5句並んでいる。「露草や江戸より守りて坂暮らし」では、坂の多い谷中界隈の風景や人々の様子を大きくつかみとった。染料になり、昔から人々の暮らしにもなじみの深い「露草」が効果的だ。「エスカレーター丸見えホテル冷房裡」も吟行ならではの発見の句。谷中吟行の後、主宰は再び入院。「蛍火か夜の病廊の戸口の灯」「見舞籠に向日葵生きる力得し」。辛い入院生活の中にあっても、写生の回路は働き続けている。「季語はいくらでもある。病気で吟行ができなければ、自分の心の息遣いを詠えばいい」。そう教えるかのように。8月6日の退院の際には、「昭和悲歌(エレジー)退院の日は広島忌」と詠った。昭和一桁世代の心象風景が垣間見える。「枇杷の葉に夕風夏の果てむとす」。少し涼しくなった風が当たる「枇杷の葉」は、主宰の心そのものだろう。猛暑の夏が終わろうとしている今、自らの息遣いを確かめている。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
回廊の下は菖蒲田白菖蒲(進藤龍子)
うすものや幼馴染といふことば(長岡幸子)
おいしさう向かふの人の心太(根本莫生)
敷藁を日照雨ぬらしぬ茄子の花(野村えつ子)
花茣蓙や寝ても解かぬ嬰のこぶし(相澤秋生)
プレハブの野球部部室大西日(岡崎由美子)
病む姉の言葉つまりし梅雨の夜(堤 靖子)
梅雨深く革の匂ひの靴売場(向田紀子)
日は宙に麦藁干せる畑の中(中島節子)
藍甕の土間を抜けゆく麦の風(高久智恵江)
露草の花の青さや朝の雨(小泉千代)
青梅雨や書店の中の喫茶室(針谷栄子)
底紅の咲いて下町小学校(土肥きよ子)
野良猫に一歩も引かず羽抜鶏(田澄夫)
印象句から
単線の屋根なきホーム濃紫陽花(吉崎陽子)
村中に植田の水の匂ひけり(鈴木正子)
草むらに転ぶ空蝉夕日かげ(秋山光枝)
女教師のピストル空へ運動会(河田千代)
八ツ橋に屈むや朱夏の水匂ふ(安住正子)
ガラス皿にくるくる巻きの冷素麺(河野律子)
実梅捥ぐ大き脚立をかつぎ来し(松川和子)
ぽとぽとと青柿落ちて風やみぬ(小林聖子)
夫在らば在らばと思ふ揚花火(長谷川とみ)
増上寺白木蓮の雨の道(畑中一成)
■ 『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■ 舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【24年9月の活動予定】
4日(火)さつき句会(白髭)
8日(土)若草句会(俳句文学館)
12日(水)連雀句会(三鷹)
14日(金)板橋句会(中板橋)
15日(土)木場句会(江東区産業会館)
17日(月)花暦例会(俳句文学館)
20日(木)葵の会(事務所)
24日(月)花暦吟行会(人形町・水天宮界隈)
26日(水)すみだ句会・幸の会合同句会(すみだ産業会館)
28日(金)天城句会(俳句文学館)
一木会谷中にて
墓所墓域谷中寺町星祭
陸橋よりの知らぬ町空星迎へ
仕舞屋に画展ポスター梅雨深し
露草や江戸より守りて坂暮らし
エスカレーター丸見えホテル冷房裡
再び入院
蛍火か夜の病廊の戸口の灯
見舞籠に向日葵生きる力得し
注射痕の身を棒立ちにシャワー浴ぶ
埼玉にて
うすれゆく血縁風の柳蘭
青蘆は鉄壁雨後の川勢ふ
昭和悲歌(エレジー)退院の日は広島忌
「美しき村」を曝書す病み上り
書を曝すといへど身辺五・六冊
蕁麻(いらくさ)の波立つ先のとんぼかな
枇杷の葉に夕風夏の果てむとす
〔Web版限定鑑賞〕『花暦』のモットーは「写生第一」。日頃、主宰は「吟行をして写生を磨くことが大事」と話し、傘寿を過ぎた今も自ら実践している。今月の暦日抄では、東京・谷中の吟行句が冒頭に5句並んでいる。「露草や江戸より守りて坂暮らし」では、坂の多い谷中界隈の風景や人々の様子を大きくつかみとった。染料になり、昔から人々の暮らしにもなじみの深い「露草」が効果的だ。「エスカレーター丸見えホテル冷房裡」も吟行ならではの発見の句。谷中吟行の後、主宰は再び入院。「蛍火か夜の病廊の戸口の灯」「見舞籠に向日葵生きる力得し」。辛い入院生活の中にあっても、写生の回路は働き続けている。「季語はいくらでもある。病気で吟行ができなければ、自分の心の息遣いを詠えばいい」。そう教えるかのように。8月6日の退院の際には、「昭和悲歌(エレジー)退院の日は広島忌」と詠った。昭和一桁世代の心象風景が垣間見える。「枇杷の葉に夕風夏の果てむとす」。少し涼しくなった風が当たる「枇杷の葉」は、主宰の心そのものだろう。猛暑の夏が終わろうとしている今、自らの息遣いを確かめている。(潔)
舘花集・秋冬集・春夏集抄
回廊の下は菖蒲田白菖蒲(進藤龍子)
うすものや幼馴染といふことば(長岡幸子)
おいしさう向かふの人の心太(根本莫生)
敷藁を日照雨ぬらしぬ茄子の花(野村えつ子)
花茣蓙や寝ても解かぬ嬰のこぶし(相澤秋生)
プレハブの野球部部室大西日(岡崎由美子)
病む姉の言葉つまりし梅雨の夜(堤 靖子)
梅雨深く革の匂ひの靴売場(向田紀子)
日は宙に麦藁干せる畑の中(中島節子)
藍甕の土間を抜けゆく麦の風(高久智恵江)
露草の花の青さや朝の雨(小泉千代)
青梅雨や書店の中の喫茶室(針谷栄子)
底紅の咲いて下町小学校(土肥きよ子)
野良猫に一歩も引かず羽抜鶏(田澄夫)
印象句から
単線の屋根なきホーム濃紫陽花(吉崎陽子)
村中に植田の水の匂ひけり(鈴木正子)
草むらに転ぶ空蝉夕日かげ(秋山光枝)
女教師のピストル空へ運動会(河田千代)
八ツ橋に屈むや朱夏の水匂ふ(安住正子)
ガラス皿にくるくる巻きの冷素麺(河野律子)
実梅捥ぐ大き脚立をかつぎ来し(松川和子)
ぽとぽとと青柿落ちて風やみぬ(小林聖子)
夫在らば在らばと思ふ揚花火(長谷川とみ)
増上寺白木蓮の雨の道(畑中一成)
■ 『花暦』平成10年2月、創刊。主宰・舘岡沙緻。師系・富安風生、岸風三楼。人と自然の内に有季定型・写生第一・個性を詠う。
■ 舘岡沙緻(たておか・さち) 昭和5年5月10日、東京都江東区住吉町生まれ。42年、「春嶺」入門。45年、第9回春嶺賞受賞。63年、春嶺功労者賞受賞。平成4年、「朝」入会。岡本眸に師事。10年、「花暦」創刊主宰。俳人協会評議員。句集:『柚』『遠き橋』『昭和ながかりし』『自註 舘岡沙緻集』。23年7月、第5句集『夏の雲』(角川書店)。
会員募集中
〒130-0022 墨田区江東橋4の21の6の916
花暦社 舘岡沙緻
お問い合わせ先のメールアドレス haiku_hanagoyomi@yahoo.co.jp
【24年9月の活動予定】
4日(火)さつき句会(白髭)
8日(土)若草句会(俳句文学館)
12日(水)連雀句会(三鷹)
14日(金)板橋句会(中板橋)
15日(土)木場句会(江東区産業会館)
17日(月)花暦例会(俳句文学館)
20日(木)葵の会(事務所)
24日(月)花暦吟行会(人形町・水天宮界隈)
26日(水)すみだ句会・幸の会合同句会(すみだ産業会館)
28日(金)天城句会(俳句文学館)
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