船橋句会(船橋市勤労市民センター)
兼題「直」、ミニ吟行「南行徳野鳥観察舎」
印象句
熱の子を抱き寒夜の当直医 並木 幸子
【一口鑑賞】12月に入った途端に寒さが厳しくなった。晩秋の夜に感じる寒さを「夜寒」「宵寒」などと言うが、冬は「冬の夜」だけで十分寒さが伝わる。その副季語が「寒夜」であり、「寒き夜」とも言う。この句は兼題「直」から「当直医」を登場させた発想力に感心する。冬の夜に熱を出した子どもが急患で運ばれてきたのだろう。当直医の慌てぶりが想像される。ましてやコロナ禍が未だに収束していないこともあり、「熱の子」にも緊張感が漂う。(潔)
憲法九条語りし人よ冬に逝く 飯塚 とよ
閑かなる野鳥病院笹子鳴く 沢渡 梢
落葉降る犬と戯る潔さん 新井 紀夫
豆柴の蹴散らしてゆく落葉かな 山本 潔
障害の吾も師走のボランティア 三宅のり子
保護鳥の標の足輪冬日差し 岡崎由美子
俎板を削り直して師走来る 川原 美春
大鷺の集へる潟や冬日和 岡戸 林風
冬日差す鳶の翼の傷癒えて 並木 幸子
落葉散る川辺掃除の爺一人 小杉 邦男
(清記順)
すみだ句会(すみだ産業会館)
兼題「色」
印象句
実の色を少し残して柿落葉 福岡 弘子
【一口鑑賞】柿の葉は初冬のころ、夕日に染まったかのように、さらには実の艶をそのまま映したかのように紅葉し、やがてゆらゆらと落ちる。拾って見ると、緑や赤、黄などの色が混在している。鮮やかだが、染みや傷があったり、穴もあいていたりするので、痛々しい感じもする。掲句は、そんな「柿落葉」をよく観察し、兼題「色」の文字も詠み込んで高点句になった。さまざまな色のなかに「実の色を少し」と見たところがお手柄。(潔)
小春空白煙乗せて桜島 長澤 充子
枯露柿に呪文をかけて揉みほぐす 工藤 綾子
老幹の深き紅色冬もみじ 髙橋 郁子
吾輩は挫折の歴史漱石忌 松本ゆうき
衣を重ね老を重ねて冬深し 内藤和香子
しろじろと夕べは眠る干大根 岡崎由美子
木菟の鳴く森の奥なる赤い家 山本 潔
玄冬や白紙掲ぐる民の声 貝塚 光子
何あるか分からぬ明日枇杷の花 福岡 弘子
秋灯しケーキ二つに吾一人 大浦 弘子
白壁を線描のごと蔦枯るる 岡戸 林風
(清記順)
かつしか句会(亀有地区センター)
兼題「帰り花」
印象句
窮屈な日々に真赤な帰り花 小野寺 翠
【一口鑑賞】冬に入り寒い日が続いた後、小春日のポカポカ陽気が続くと、春の花が咲き出してしまう。これが「帰り花」であり、主に桜の狂い咲きのことを言うが、山吹や躑躅、梅などにも見られる。師走を前に忙しいだけでなく、コロナ禍やウクライナ情勢などもあって気持ちの上では「窮屈な日々」と感じている作者。「真赤な帰り花」は躑躅だろう。まるで天からの贈り物のような赤い花を見て救われた気分を句にした。(潔)
冬紅葉照るや一茶の蛙池 佐治 彰子
住み古りて繕ふ垣根返り花 霜田美智子
金木犀咲くやアリスを口ずさみ 西村 文華
耳遠き夫婦の会話小六月 新井 洋子
脊柱にボルト三本冬隣 西川 芳子
この世とはあの世の手前かへり花 山本 潔
返り花わが人生の句読点 五十嵐愛子
旅人へ如来の笑みや照紅葉 笛木千恵子
靴ずれにバンドエイドを貼る夜寒 片岡このみ
広き背の相槌一つ返り花 伊藤 けい
亡き父の蔵書に耽る畳替 高橋美智子
踏ん張つて冬耕斜面祖谷の風 近藤 文子
記念樹は橋のたもとに返り花 新井 紀夫
でこぼこの人生航路冬に入る 三尾 宣子
(清記順)
東陽句会(江東区産業会館)
兼題「乗り物」一切
印象句
終点の小さき漁港や冬の凪 岡崎由美子
【一口鑑賞】この日の兼題は「乗り物」一切。バスや電車、船、ロープウェーなどを詠んだ予想通りの句が多いなかで、掲句は乗り物を直接登場させずに、その存在を思わせる詠みぶりが光った。「終点の小さき漁港」と言っただけで1時間に1本あるかないかのローカル路線バスと釣舟の景が立ち上がる。「冬の凪」という季語の斡旋も見事で読み手を郷愁に誘う。「乗り物」をテーマとしてさりげないが詩情のある句に仕上がった。(潔)
砂浜は潮騒ばかり懸大根 斎田 文子
冬嶺に歌を撒きつつロープウェー 中川 照子
むささび飛ぶ森の眠りを妨げず 新井 洋子
鳥つどふ家の不思議や冬はじめ 松本ゆうき
着ぶくれて監視カメラに捉へらる 安住 正子
磨ぎ水に残る糠の香冬に入る 向田 紀子
冬落暉水上バスの水脈長し 堤 やすこ
無住寺の樋の傷みや冬の蜂 岡崎由美子
水涸るる宿根草のビオトープ 新井 紀夫
畳屋の肘も小道具冬日和 飯田 誠子
久方に都電の旅を一の酉 岡戸 林風
波郷忌のバスに冬日の反射して 山本 潔
冬萌や幼ナ日に日に口達者 中島 節子
(清記順)
若草句会(亀有 ギャラリー・バルコ)
兼題「無」
印象句
義経に菊師寄りては離れては 新井 紀夫
【一口鑑賞】「菊師」は晩秋の季語「菊人形」の傍題。菊人形展が始まる直前だろうか。菊師が一つの作品に近寄ったり離れたりしながら、手直しを加えている様子が目に浮かぶ。この句は最初、「総仕上げ菊師寄りては離れては」として投句された。選句後の合評で「上五が菊師の動きの答えを最初から言ってしまっている」との意見が出て、作者自ら「義経に」と推敲した。これにより菊人形の姿が明確になり、句が引き締まった。だから句会は面白い。(潔)
冬ぬくしコントラバスのアヴェ・マリア 石田 政江
無蓋車の風騒がせて枯野原 安住 正子
両の手でつつむ湯呑みや冬に入る 飯田 誠子
風の夜のふくふくと煮る新小豆 霜田美智子
妻はいま出雲の空か神無月 岡戸 林風
風生に無季の句一つ炬燵猫 山本 潔
神社裏の猫の会議や小六月 吉﨑 陽子
しつけ糸手繰る指先冬はじめ 沢渡 梢
トンネルを抜ければ会津花すすき 松本ゆうき
踏み入れば大地の香る落葉道 市原 久義
下戸にして常連の客海鼠噛む 新井 洋子
(清記順)
連雀句会(三鷹駅前コミュニティセンター)
兼題「耳」
印象句
遠くより路地を掃く音今朝の冬 束田 央枝
【一口鑑賞】今年の立冬は11月7日。この句は、先取りして投句されたが、「今朝の冬」という副季語によって実感がよく出ている。ふだんはあまり気にしない路地を掃く音も、秋から冬への澄んだ冷んやりした空気を伝わってくると、はっきり聴こえたのだろう。近年は温暖化で紅葉のピークが徐々に後ろにずれているが、太陽の動きは決して季節を変えてしまうことはない。作者は、冬の到来をささいな音から感じ取ったのである。繊細な一句。(潔)
リハビリを兼ぬる散歩や鰯雲 春川 園子
パン生地は耳たぶくらい冬ぬくし 松成 英子
朝からの雨となりけり白芙蓉 中島 節子
艶ばなし耳立てて聞く冬帽子 松本ゆうき
この道や詩を心耳に白秋忌 山本 潔
身にしむや老に空耳地獄耳 飯田 誠子
石蕗の花や暮色を寄せつけず 矢野くにこ
数珠玉やのんののんのと拝みし日 坪井 信子
素踊りの運ぶ足先火恋し 向田 紀子
佳句に会ふ心静もる良夜かな 横山 靖子
(清記順)
すみだ句会(すみだ産業会館)
兼題「驚」
印象句
秋冷や楽の茶碗の手に重し 髙橋 郁子
【一口鑑賞】秋も半ばを過ぎると、寒さを肌で感じるようになる。朝晩の空気や風、雨だけでなく、家のなかでも素足で歩くと床が冷たい。そんな季節の移ろいを体感で詠むのも俳句の楽しみの一つと言っていい。この句は、冷やかさのなかでいつも使っている楽茶碗が重いと感じたのだ。病み上がりで体が疲れているせいかもしれないし、何やら気がかりなことがあるからかもしれない。秋の深まりは心身の微妙な変化を気づかせてくれる。(潔)
狗犬の驚く木の実時雨かな 岡戸 林風
マイナンバーとうとう義務化そぞろ寒 大浦 弘子
擂粉木の音の軽さやとろろ汁 内藤和香子
虫の夜や古き家計簿読み返し 福岡 弘子
落日と色を一つに柿熟るる 山本 吉徳
式部の実日差しをかへす色の冴へ 工藤 綾子
長き夜も驚くほどの早寝かな 松本ゆうき
胡桃よりぬくもり貰ふ老の指 矢島 捷幸
駅前のジャズにスイング秋うらら 貝塚 光子
古書店の珈琲コーナー秋惜しむ 山本 潔
教会の白壁覆ふ蔦紅葉 長澤 充子
賑やかに鯊釣舟の一家族 岡崎由美子
(清記順)
かつしか句会(亀有地区センター)
兼題「時雨」
印象句
裏木戸を通り過ぎたる時雨かな 三尾 宣子
【一口鑑賞】兼題「時雨」で詠まれた一句。冬の初めにさっと降ってはさっと上がる雨。北西の季節風が山地に当たって雨雲をつくり、山から山へ移動して行く。ことに京都の時雨は名高い。得体の知れない何者かがやって来る気配を感じた作者。やがて雨がパラパラっと音を立てて通り過ぎていったのだ。今や「裏木戸」のある家は珍しい。旅先の宿での体験を思い起こして詠んだのかもしれない。「時雨」がまるで生き物のように感じられる。(潔)
子育ての担い手ばかり敬老会 高橋美智子
豊の秋禿頭くもりなく光り 新井 洋子
竹垣を組む地下足袋や昼の虫 伊藤 けい
しやりしやりと研ぐ包丁や菊日和 片岡このみ
時雨るるや化野までの人力車 五十嵐愛子
時雨来て奥社は遠き杉並木 佐治 彰子
時雨るるや船のワイパーこきこきと 霜田美智子
対岸を子らの走りて片時雨 西川 芳子
空澄むや東京港のコンテナ船 笛木千恵子
時雨るるや積み荷の多き宅配車 山本 潔
時雨忌や俳句齧りて遠き道 小野寺 翠
柿喰らふ添削の朱にうなづきつ 近藤 文子
ジョギングの肩怒らせて朝時雨 西村 文華
時雨るるや無我の境地の座禅かな 新井 紀夫
(清記順)
東陽句会(江東区産業会館)
兼題 折句ひあな 例句/灯が洩れて秋の簾となりにけり
詠込「文」
印象句
することのなくて耳かく小春かな 堤 やすこ
【一口鑑賞】一読してすっと心に入ってきた。ただ耳をかいただけのことなのに真実味がある。上五から中七への句またがりにも淀みがない。下五に置いた「小春かな」が効いている。初冬の季語で、本格的な冬の寒さに向かう前の、暖かさの戻る日和を言う。俳句は十七音の短い詩型だから、多くを言うことはできない。この句は「することのなくて」のシンプルな言葉がそれらしい情景を浮かび上がらせた。この秋、作者はめでたく卒寿になられた。(潔)
冷やかに朝の浦町なまこ壁 岡戸 林風
路地裏の耳かけ地蔵菊日和 斎田 文子
一葉落つ朝の散歩の永田町 山本 潔
アルバムに一通の文秋深し 岡崎由美子
新聞のまづ漫画より文化の日 中島 節子
比叡にも悪僧をりし流れ星 中川 照子
実柘榴や弁士碑文の露西亜文字 松本ゆうき
高速の船に乱るる鴨の陣 新井 紀夫
仏手柑ありがたしとも怖しとも 新井 洋子
火恋し削除に終はる夜のスマホ 向田 紀子
秋深し写真の裏の父の文字 堤 やすこ
付け文といふ遠き日や葉鶏頭 飯田 誠子
日の燦と赤き色増す七竈 安住 正子
(清記順)
若草句会(亀有 ギャラリー・バルコ)
兼題「衣」
印象句
独り身の起き伏し後の更衣 岡戸 林風
【一口鑑賞】「後の更衣」が晩秋の季語。更衣は平安時代の宮廷行事だったのが江戸の頃には一般に普及した。ただ単に「更衣」と言えば夏の季語だが、「後の更衣」は10月に入って冬物に替えること。作者は、1年前に奥様を亡くされた。それまで季節ごとに着る物を出してくれた人がいなくなり、今さらながらに感謝の念が湧いてくると同時に、更衣もままならない侘しさが身に染みるのだろう。兼題「衣」から今の作者自身を詠んだ一句。(潔)
海山の四股名を競ふ相撲取 松本ゆうき
色あせし文庫本読むちちろの夜 飯田 誠子
替へゐたる供花の水にも菊匂ふ 針谷 栄子
秋高しダッシュする子と測る父 新井 紀夫
秋場所や綺麗どころの抜衣紋 安住 正子
庭中をダリアに妣の好きな花 石田 政江
露草や橋の袂の道しるべ 岡戸 林風
鬼の子や襤褸の衣の一張羅 新井 洋子
藤袴つなぐ手ほしき散歩道 吉﨑 陽子
行く秋やもつ煮鮟肝酒二合 沢渡 梢
秋声や幾何学文の能衣裳 山本 潔
(清記順)